何処かでされてる何かの話
カツカツと靴底が床を叩く音が反響する。仄暗い地下に作られたここは音の逃げ場がなく、少し音がするだけでいつまでもどこまでも音が響いていく。
そんな靴底を鳴らす主、【ノーブル】の研究員である妖精のショルシエはいつもと変わらない微笑を浮かべながら、トレードマークになっている白衣をたなびかせて【ノーブル】の施設の中でも本拠地に位置するその場所で歩み続ける。
「呼んだかしら、ボス」
「あぁ、研究中に呼びつけてすまない。『器』の育成具合を聞きたくてな」
そんな彼女がやって来たのは本拠地たるこの施設の中でも最も大きな一室。いや、部屋と呼ぶのも似つかわしくないほどの巨大な空間だ。
喩えるならば、船をつくる造船ドックがその形状としては非常によく似ているだろう。
ボスと呼ばれた黒衣に身を包む男性は如何にも怪しげな風貌であるが、ショルシエは臆することなくその隣に立ち、会話を始めていた。
「あぁ、問題ない。むしろ想定していたいたよりもずっと順調だ。この調子なら、近いうちに私が用意しているバカを改造した中身も、ボスが用意している中身も問題なく『器』に収まるだろう」
「それは良い。『器』自体、偶然が重なった副産物だったが、よもやここまで良い仕事をするとは、まさに棚からぼた餅だ」
「相変わらずこちらの言葉は面白い表現をするね。私としても非常に都合が良いよ。少々厄介な連中が私達の尻尾を探っているけれど、今のところ私達の戦略的勝利に揺るぎはない」
2人分の愉快そうな笑いがその巨大な空間に響き渡る。それは全てが思い通りに言っている愉悦の笑い、勝利を確信した側の相手側への嘲笑だった。
それほど、二人が組み上げた計画は順調に進んでいた。
「私の願いは成就しそうだが、ショルシエ、貴様の望みは叶いそうか?」
「残念ながら、だね。女王の番とその魔力残滓が込められたマザーメモリーを手に入れるまでは順調だったけど、肝心なモノは見つけられていない。でも良いさ。お前の願いが成就した後にゆっくり世界中を探し回れば見つかるだろう」
「気の長いことだ。魔力さえあれば生き続けられる妖精ならではの考え方は私には出来んな」
再び二人はくつくつと笑うと、顔を上げる。
やはりその顔は満足げだ。一切の憂いは無く、彼と彼女の互いの目的はもはやゴールが見えるまで差し迫っている。
それを確信できるほどの優位。いや、敵対している相手がそもそもに二人の目的を把握しない限り、そのゴールを阻止することが難しい。
2人にとって、魔法少女との戦いは既に戯れの域に達そうとしていた。頭の周りを飛び回るハエを鬱陶しいから手で払うくらいの感覚だ。
別に放っておいても問題はない。そのくらい、明瞭な差がついていた。
「そうだ。念のために奪取された実験体の回収と、新しく調整しなおしたバカの実戦投入をしてみようと思う。データ通りなら、あの街の魔法少女程度なら問題ないだろう」
「貴様がそう言うのなら問題なかろう。好きにやってくれ」
それでも鬱陶しいハエは駆除しておきたいというのがショルシエの考えらしい。
男はそれを快諾し、よほどの信頼を置いているのかどのようなことをするのかも聞かぬままに好きにやれという返事をしている。
その答えを分かっていたのかショルシエは特に反応することもなく淡々と想定される結果を口にする。
「実験体の回収は確実性も考え私自身が行うとするよ。折角の貴重な実験体を持ち出された挙句、奪取までされたから私も面白くなくてね。バカを改造したもう一つの実験体がもし倒されても中身としては優秀。その時はメモリーで回収しよう」
「ふっ、便利な道具だ。最初に生み出した彼には感謝をしなくては」
「死人に感謝するのかい?いや、確かに感謝か。おかげで問題だった魔力の回収という問題をこうも容易く出来たのだからね。メモリーを作り上げ、その発想がSlot Absorberを生むきっかけになり、しかも『器』の材料にまでなった。隅から隅まで私達の役に立ってくれているよ、女王の番は」
偶然とはいえ、彼らにとってはやはり棚からぼた餅。メモリーがもたらしたものは二人の計画を飛躍的に進め、こうしてここで勝者としての余裕をもって構えていられる。
それほどまでに、二人の頭を悩ませていた部分をすべて取り払ってくれたのが、メモリーという魔力を回収保存できるアイテムだった。
その力を発揮できるSlot Absorberはその副産物であり、『器』と呼ばれているモノも二人にとっては都合のいい副産物品だった。
「『器』の育成はあのままアフェットに任せておくと良いだろう。あのバカ女は踊らされていることにも気付いていない」
「くくく、優秀なスパイとして拾ってやったが、これもまた我々に神が味方しているということ。やはり、世界は滅びを望んでいる」
そうでなければ、こうも上手く物事は進まんだろう。そう、男は声を張り上げる。
ショルシエとしては彼の思想とやらには興味はないが、彼のもたらす結果が自分にとっては都合が良い。それにこうして知識欲を満たしてくれる場所を提供してくれるのなら、文句はない。
元より、妖精であるショルシエにとって、この世界がどうなろうと知ったことではない。滅びれば彼女にとっても旨味しかないのだから。
「さぁ、後はアナタが目覚めれば全て揃う……。早くお目覚めください、――我が『神』よ」
そんな野望を張り巡らせる二人が見下ろす場所。海水が満ちるそこには水底に眠っている筈の巨体が静かに横たわっていた。




