Shadow
商店街内にある歩行者天国の中央に設置されたテーブルを見つけ、揃って椅子に座る。コロッケは食べ終わったから次はハムカツだ。ハムが分厚くて美味い。
「気に入ったの?」
「あぁ、組織で食う物より断然良い」
「缶詰とか総合栄養食みたいなものばかりだったものね~。たまに出てレトルトか」
組織内で出る食事は基本的に不味い。味怪が無い上に大体ぱさぱさしているかゼリーか、酷い時は錠剤に合成肉だ。味気ないどころか味も減ったくれもない。噛むことすらない場合がある。
それに比べて外は何を飲み食いしても美味いな。今回のような潜入任務だからこのようなことが出来るが、今後も可能なら機会をみて食べたいものだ。そんな機会は早々ないとは思うがな。
「食べ物もそうだけど、娯楽が少ないわよねぇ。研究者連中は研究が道楽だから良いけど、私みたいな諜報員は外じゃなきゃ娯楽なんてないし、アナタみたいな戦闘員は娯楽なんてせいぜい魔獣を狩る時とか?」
「さぁな。俺は特に楽しいと思ったことも退屈だと思ったことも特別ない。末端の連中は良く賭け事をしているのを見るが」
「アナタはやらないの?」
「それをやるくらいならトレーニングでもしていた方が効率が良いだろう」
そう伝えるとアフェットは渋い顔をしてから目頭を揉む。何か問題があっただろうか。
娯楽とはつまり無駄だ。無駄を省けば効率が上がるそうだろう?
ということも伝えると、俺が食べ進めているハムカツを指差す。俺が首を傾げているとアフェットはならそのハムカツも不要よね。と言い出した。
「食事は組織で食べてたみたいに総合栄養食とサプリメント、合成肉が一番効率よく必要な栄養が取れるわ。無駄を省くという意味では、そのハムカツはアナタの言う無駄の塊よ。メンチカツにコロッケにハムカツ。明らかに余分なカロリーを取り過ぎだしね」
「む、確かに」
言われれば確かにそうだ。これは俺が普段バカにしている無駄だ。だが、俺は今これを無駄と言って手放すのが非常に勿体ないと思っている。
こんなに美味い物を食わずにいる方が無駄にしていると考えているのだ。いつものように効率で考えれば、油で揚げた揚げ物3つなど食べ過ぎだ。一つでも脂質が過剰と言えるだろう。そのくらいの油を使って調理しているのを俺はさっき目の前で見ていた。
「その無駄を美味しい美味しいって食べてたわけだけど、その美味しいと一緒にどんな感情がアナタの中にあったか教えてあげる」
「俺の中にあった感情?美味いではないのか?」
「それは感想でしょ。感情はまた違うわよ」
美味い物を食べて浮かんでくる感情と言われても俺にはピンと来ない。元より、自らの事を人造物だと認識していた俺は感情が欠損しているような人間としては失敗作のようなものだと思うっていた。
その方が都合が良いとさえ思っていたが、アフェットが言うには俺には確実に感情がある、らしい。
「それは楽しいとか、嬉しいとか、そういう感情よ。喜怒哀楽の喜と楽ね。明るくてポジティブな感情の代表格ね」
「俺が、それを?」
「だって、それを食べてる時のアナタ、笑ってるわよ。よっぽど美味しかったんでしょ?」
「……確かに、美味かった」
笑っていた。俺がか?全く実感がない。いつも笑う時は誰かを嘲笑する時か、これから起こる戦いに胸を躍らせて気分が高揚している時だった。
俺という個が笑うのはそういう時だけだと思っていた。そんな奴が食べ物一つを口にしただけで笑っているなどとは思いもしなかった。
あまりにも実感のないことだ。それだけ自然に出たという事だろうか。
「アナタはいつも自分は紛い物とか模造品とか言うけど、私からすればただの人間よ。生まれ方がちょっと普通とは違う、普通の男の子。私からすれば、だけどね」
「……」
アフェットが言うには俺はただの人間らしい。ちょっと普通じゃない普通とはまた変な話だが、彼女からすればそうなのだろう。
俺からすればやはりピンと来るものが無いが。自分で見る自分と、他人か見る自分というのは違う物なのだろうか。
アフェットが俺の変化に気が付いたように、本人が気付かぬ変化に他人が気付くというのはあり得るのだろうか。
わからん。生まれてからというもの組織のためにと言われるがままだった俺にはその判別をすることも、理解をすることも難しい。
何気なく、食べかけのハムカツを口に運ぶ。美味い。次も食いたくなるし、何ならあと4~5枚は食べられそうだ。
「美味しい?」
「あぁ」
「まずはその美味しいをよく覚えないとね。いきなり娯楽に連れまわすのもアレだし、食べ歩きでもしましょうか」
そう言って立ち上がったアフェットは俺の食いかけのハムカツを奪い取ると、その口の中に全部放り込んでしまう。
ガタっと立ち上がった俺を手で制すると咀嚼をしてから一言。
「さーて、今日は食べ歩くわよ」
「……俺のハムカツと任務はどうした?!」
流石に自分でも珍しいタイプの声音が出たと実感しながら、鼻歌を歌うアフェットに引きずられ商店街を練り歩く。
結局、この日は精肉店でのご婦人達からの話を聞いて終わる始末だった。
 




