何処かでされてる何かの話
カツカツと底の厚い軍靴と床がぶつかる音を鳴らしながら、薄暗くかび臭い通路を進んで行く
そんな何処とも知れない人気の無い通路を一人、男が黙々と歩み続ける。そうやって数分、幾つかの部屋の前を通り過ぎた先にある一室のドアを男は叩いた
「私だ。魔力収集の件で話がある」
「開いているから好きに入っておくれ」
返って来たのは女性の声。ドア越しな為にくぐもって聞こえるが、ハスキーな印象を受ける声を聞いて男はそのドアを開いた
「魔力収集ごくろーさま。成果はあったかい?隠れを見つけるためのセンサーの使い勝手も合わせて聞きたいな」
開けたドアの向こう側は様々な機器が並ぶ実験室、或いは研究室とでも呼ぶような部屋だった。ごちゃごちゃと様々な物が所狭しと並び、走り書きのメモのような物から、重厚そうな論文書もあれば、ビーカーやフラスコ、大型の機械も部屋の奥に窺える
一言で言うなら、ズボラな研究者の研究室、と表現するのが一番伝わりやすい表現だろう
そんな足の踏み場もやっとな室内に、申し訳程度に一歩踏み入れた男は、この部屋の主たる女性へと視線を向けた
「隠れ魔法少女用のセンサーは無事に稼働した。実際に発見もしているが、生憎現地の魔法少女の妨害にあってな、失敗に終わった」
「ありゃ、魔法庁の魔力探知に引っ掛からないように魔力を最小限にしたんだけどね」
「いや、相手は魔法庁所属じゃない、野良だ」
「……へぇ」
男の報告に肩を竦め、残念そうにする女性だったが、次の男の報告を聞いて愉快そうに口元を歪めた
まるで、新しいおもちゃを見つけた時の子供のような表情だが、その目は獰猛に笑っており、その表情と相まって狂気を感じさせる
「人間界の魔法少女程度が、小さく抑えた魔力に勘付いたんだ。しかも野良と来た、獲物としては特上だね」
ネットリと舐るような視線を虚空に向けながら、女性は更に笑みを深める。獲物、という彼女の言葉通り、彼女はその妨害して来た少女をまるで捕食対象かのように舌なめずりをしながら想像する
「それと同時に相当な脅威だ。今回の件で、水面下で進めていた我々の活動の一部が魔法庁側に露見した可能性がある」
「ま、それは良いよ。ちょっとやりづらくなるけど、大したことじゃないし。で、それがどうかしたの?」
対して男は冷静に、そして極めて事務的に女性へとその脅威を伝えるが、女性としてはそれは歯牙にかけるようなレベルでは無いらしい
ハンっと鼻で笑うと、改めて男の要件を聞く
「今の疑似メモリーではかの魔法少女に発見された時に手も足も出ない。戦闘にも耐えうるメモリーを借りたい」
「あぁ、成る程ね。確かにその程度の疑似メモリーじゃ、魔法少女との戦闘なんて無茶よね」
男の言葉に納得した女性は、おもむろにガサゴソと机の戸棚を漁り出す。ああでもないこうでもないと、机の中から次から次へと出て来る雑多な物を辺りに放り投げて行くと、女性はようやく目的の物を見つけた様で
「あったあった。ほら、これでも使いなよ」
「……これはマスターメモリーなのでは?」
「そんな大層な物じゃないって。一番最初に作られたメモリーってだけで、今じゃそれよりも高性能なメモリーは普通に作れるしね。研究しつくされたそれに、私はもう興味は無いよ。貴方が有効に使った方が幾分もマシになるはずよ」
男性の口ぶりからは、投げ渡されたものが重要な物だとうかがえるが、女性は逆にゴミ扱い
自分には不要だからと半ば男性に押し付けるようにして、メモリーと呼ばれたそれを男の胸元に仕舞い込ませた
「……分かった。有難く活用させてもらう」
受け取った男は、大事そうにそれを仕舞い込み。部屋を後にしようとすると、女性からはもう一度声を掛けられ、振り返る
「そうそう、その野良の魔法少女の名前、教えてもらっても良い?」
「『純白の魔法少女 アリウムフルール』だ」
余計な装飾を付けずに、男が答え、次こそ本当に部屋を後にする
ドアが閉まる音を聞いた彼女の表情は、凶悪に楽しそうな笑みを浮かべている
「アリウムフルールか。面白そうなのが出て来たなぁ」
女性はそう言いながら、機嫌良さそうに鼻歌を歌い始めたのだった