その剣は何のために
ベット横にあるサイドテーブルを肘起きにして手を組んだ要はにやにやとした表情を崩していない。
要は馴染みのメンツの中でもひときわ人の感情に敏感で、気配りが効くタイプだ。よく抱き着いたりしているのを見るが、あれもよく観察すると相手自体もそうだし、相手の機嫌やその時の感情を読み取った上で選んでいるのが分かる。
機嫌が悪くても抱き着くと一緒に笑ってくれるタイプ、機嫌が悪いと抱き着かれるのが嫌なタイプ、そもそも抱き着かれるのが嫌なタイプ。といった具合にだ。
因みに私はそもそも抱き着かれるのが苦手なタイプだ。嫌がるほどではないが、対応に困ると言ったところか。
「で?なーに凹んでるの?」
「別に凹んでるわけじゃ……」
「相変わらず嘘が下手くそだよね。リビング出て行く段階で皆にバレてるよ」
全部表情に出てるんだよ千草は、と要は自分の眉間を指差して言う。それに釣られて自分の眉間を触ると、いつにもまして眉間にしわが寄っていた。
こういう部分に私の感情はよく出るらしい。まぁ、自分でも感情の制御は下手くそだと思う。すぐに喜怒哀楽、特に怒りと哀しみの方には感情の針が振れやすい気がする。
「真白ちゃん、泣きそうになってたよ。千草が嫌になること言ったかなって」
そんな私に対して、要は少しばかり問い詰めるような声音で私がリビングを去った後の真白の様子を伝えて来る。
完全にやらかした。そんな風に思わせるつもりは毛頭なかった。むしろ悪いのは勝手に劣等感を受けて逃げ出した私の方。真白は何も悪くないし、真白のやろうとしていることに異議を唱えているわけでもない。
勝手に私が自分と比べて、自分でショックを受けただけだ。それで真白を傷つけたとなれば、私は最低なことをしただろう。
「今は皆が宥めてるけど、後でちゃんと謝りなよ。真白ちゃんは立派でメンタルも強いんだろうけど、千草みたいな身近な人に嫌われたとか思ったら凄い傷つくタイプだよ」
「スマン、配慮が足りなかった」
「私に言っても仕方ないよ。後でしっかり本人に謝って。で、話を本題に戻すけど、どーせ自分を過小評価したうえで真白ちゃんと自分を比べて凹んでたんでしょ?」
うっ、と言葉に詰まる。まさに図星と言わざるを得ない。自己を過小評価してたかどうかはともかく、真白と比べて自分は、と考えていたのは事実だ。
まさにその通りの事を指摘されて縮こまる私を見て、要ははぁぁぁ、と露骨なため息を吐く。明らかに呆れを含んだそれに、私は大きな身体を更に縮こまらせて次の言葉を待つ。
「ホント、その卑屈というか、根っこの自信の無さは昔から変わってないよね。その美人の鉄仮面をはぎ取ったら、おどおどきょどきょどしてる内気で根暗だもんね」
「しょ、しょうがないだろ!!元の性格なんて、早々変わるもんでもないんだから」
そう、私の生来の性格は非常に内気で、とても人前に出て堂々としているようなものじゃなかった。いつも誰かの後ろに隠れて、小声で何を言っているのか分からないくらいの典型的な泣き虫少女。どちらかと言うと今の真白が初対面の人と出会った時と同じようなタイプだった。
魔法少女になり、諸星家に引き取られて以降は恥ずかしがって隠れる訳にもいかなくなり、お金持ちの世界に飛び込んで行くには無表情という仮面を被ってやり過ごすこと以外に方法が編み出せなかった。
無口で無表情でクールな緑川 千草は私自身が6年かけて作り上げた虚像なのだ。
それを知っているのは、6年前からのクラスメイトであり、当時私をイジメのターゲットにしていた要と美海と優妃くらいだ。
「しっかりしなさいよ。あの時、上級生を追い払った小学生の千草の方が堂々としてたよ」
当時小学生だった私達。元々在籍していた要達と転校生の私。上手く馴染めば波風が立たなかったというのに、不器用な私はぶっきらぼうに当時のクラスメイトに冷たく対応し、結果としてクラスから孤立する羽目になっていた。
特に要達三人とは度々衝突しては、三人から目の敵にされていたのだ。10歳の子供のイジメなんて、大したことじゃない。
上履きを隠されたり、筆箱に入れてた鉛筆の芯を全て折られてたりしたくらいで可愛いものだ。
そんな学校生活の中で、たまたま要達が上級生に囲まれてるところに遭遇したのだ。理由は忘れた。私は当事者じゃないし、偶然通りかかっただけで何を知っていたわけじゃないからな。
「あの時は必要だからそうしただけで……」
「今だって必要じゃない。そんな自信ゼロですみたいな顔してる魔法少女が悪の組織に勝てると思ってるの?」
「それは、そうだが……」
それでも放っておけなくて今にも要達に手をあげそうな上級生たちをまとめて追い払ったのだ。
大体の相手は諸星の名前を出せば怯んだし、それでも分からないバカは捻りあげてやった。既に魔法少女として活動を始めていた私と、上級生とは言え小学6年生の女子生徒がそもそも喧嘩しようというのが無謀だ。
あっという間に蹴散らしてからというもの、要達との仲は良好なものに変化していき、その中で私の内面にも彼女達が気が付いていったのだ。
それに、年かさが上がれば難しい話も理解が進む。私の事情を知った彼女達とのわだかまりはすっかり消え失せ、今では一番の親友とも言える間柄にまでなった。
そんな旧知の仲の親友に、久々に私は大まじめな説教をされている。要の言う通りなのだ。
こんなことで凹んでいる暇は今の私にはない。ただでさえ一歩遅れがちに感じているというのに。
どちらともなくため息を吐いて私もサイドボードのそばまでやって来ると、べたりとその天板に頬をくっ付けて突っ伏した。




