その剣は何のために
一度着替えると言って部屋に戻った私は通学に使っている鞄を机の上に置くと、柄にもなくぼふりとベッドの上に身を投げ出す。
少々はしたないが、どうにもこうしたい気分だ。
「こうも違うとは、な」
私がこうも打ちひしがれているのは己と真白の差を目の前で見せつけられたからだ。
真白は明確な目標のビジョンがあるとは常日頃思っていた。そうでなければあのモチベーションと集中力は生まれないだろう。
訓練中の真白の集中力は凄い。黙々と指示されたことをしっかりと熟し続けるのは並の事ではないのは自分も同じように訓練を熟しているからよく分かる。
疲れてくれば人の集中力は自然と落ちる。疲れた、もう止めたいと考えるようになってパフォーマンスが落ちていく。体力切れというのは集中力と基本的にセットだ。
それを真白は覆して来る。あの子は体力が切れそうになっても、集中力が普通の人よりも落ちにくい。落ちにくい、というだけで疲れればもちろん平時よりパフォーマンスが落ちるが、それだけでも十分凄い。
その集中力を持続させられるのは絶対にやると決めた目標があるからだろう。
実際、真白はそれを持っていた。『魔法少女を無くす』という途方もない目標にあの子とパッシオは本気で取り組んでいる。
さっきの表情と言葉を聞いて、茶化せる人間は誰一人いなかった。あの息を飲むような気迫に私なんかはただただ圧倒されるだけだった。
私なら目標に掲げすらしないだろう。そんなものは無理だと最初に線引きしてしまうはずだ。自分の限界を理解している、いや限界を決めつけている私はあんな途方もない、ゴールすらあるのか怪しい目標を掲げて、それに本気になるなんて無理だ。
それに比べて、私はどうだ。
「もう戦う理由も無くなっている奴に何が出来るんだろうな」
以前にパッシオにも指摘されたことだ。私が魔法少女になった理由は、正確には魔法少女になることになった理由は両親を殺されたことへの復讐だ。
あの時、まだ10歳だった私は両親と一緒に飛行機に乗っていた。両親は諸星商社に勤めていて、業績優秀な社員だったとお義父様からは聞いている。
業績優秀だったからこそ、同時に出張も多かったことを覚えている。私は東京ではないが、その近郊の生まれで10歳までは実際に関東の生まれ故郷で育っていた。
そして、確か父だったはずだが両親の転勤が決まった。
関東から九州への転勤だった。転勤となれば単身赴任か家族ごと引っ越すか。私の家は家族ごとを引っ越すことを選び、私も両親も不安と新天地への期待を胸に引っ越しの準備を進めた。
そして引っ越し当日。搭乗した飛行機が離陸直後に大型の魔獣に襲われ、あっけなく飛行機は魔獣にその機体を破壊され、私達家族を含めた多くの人々が上空数百メートルの地点から空中に身を投げ出すことになった。
その直後だ、私が魔法少女に変身したのは。
何もかもが遅かった。魔獣の接近に気付かなかった当時まだ出来て数年しか経っていなかった魔法庁の対応も、それによって出動の遅れた魔法少女も、現場で旅客機の護衛をしていた専門の魔法少女達の練度も、私が魔法少女に変身するのも。
全てが遅かった。
結果として、私は生き残った。がむしゃらに使った魔法は飛行機を襲った魔獣を見事に倒し、私はバラバラになった飛行機の残骸と、数百メートルの高さから落ちてぐしゃぐしゃになった人間の欠片の中で呆然と立ち尽くしていたのを今でも覚えている。
思えば、最初から私の戦う理由は空虚だった。戦う覚悟も出来ないままに変身して、訳も分からないまま仇を倒し、誰一人救えないままたった一人生き残った。
いつもいつも私は一歩間に合わない。両親を助ける時も、真白を助ける時も、要を助ける時だって私は間に合わない。
それはきっと私が本気じゃないからなんだろう。私はいつもどこかで斜に構えて本気で取り組んでないんだ。
そんなのだから、いつも間に合わない。最初から諦めている私に、仲間や妹達と肩を並べる資格なんて――。
「ちぐさー、入るよー」
なんて後ろ向きなことを考えていると、ノックの音と要の声が聞こえてくる。嫌だと言う前にずけずけと車椅子を押して入って来た要は私の姿を見てため息を吐くとまず開口一番に。
「パンツ丸出し」
「んなっ?!」
慌てて跳び起きて、制服のスカートを正す。同性にだって下着を見られるのは良いもんじゃない。はしたない女性になるつもりはないし、顔なじみとは言え要は客だ。客に見せるモノではないだろう。
「嘘だよ。勝手に凹んでそうだったから慰めに来たよ~」
「……お前な」
手をひらひらとさせてにやにやと笑う要に脱力するしかなかった私は、車椅子を進めて要を丁度いいところに誘導する。
全く、この幼馴染は抜け目が無くて困る。




