決戦・チョコ作り
「真白様は好きな人はいないのですか?」
お返しにと言わんばかりに同じ質問を美弥子さんから返される。
うーん、好きな人かぁ。好きな人、そもそも好きってどこから線引きすればいいのやら。
異性に対する好きと、友人に対する好き、家族に対する好き。
好きと言っても色んな在り方があると思う。好きな人って大きな括りで見れば、美弥子さんだって好きな人だ。千草だって好きだし、墨亜も好きだし、玄太郎さんも光さんも好き。パッシオだってもちろん好きだ。
これは家族の好き。友人で言えば朱莉、紫ちゃん、碧ちゃん、舞ちゃん、委員長だって好き。優妃ちゃんと美海ちゃんだって好きだし、クラスメイトは皆優しくて好き。
「よくわかんない。ほら、私って元男の人だったらしいし。そういう人が上手く恋愛出来るのかなって思うし、男の人はやっぱり苦手だし怖いと思うし、ただでさえ人見知りするタイプだから多分無理じゃないかなって思ってる」
でも、恋人の好きはまだよくわからない。この好き。多分英語で言えばLikeの好き。親愛とか情愛とかそういう物の好きだ。
私にはまだLove、恋がよく分からない。もしかしたら私が今の私になる前の男の人の私なら知っていたのかも知れないけれど、私には皆目見当もつかない感情だった。
「そうですか?真白様は可愛らしいですから、彼氏を作るのはそう難しくないとは思いますけど」
「そんな簡単に出来るモノでもないと思うけど……」
「出来る時は一瞬、ですよ。恋に落ちるとはそういう物ですから。千草様だって、浮足立った噂の一つも無かったですけれど、実は少し前にお付き合いを始めた男性がいるのですよ?」
「えっ嘘?!」
寝耳に水な話を聞いて、思わず大きな声をあげてしまう。驚いた他の、千草を含んだ皆が振り向いてから慌てて何でもないよとぶんぶんと手を振って答えると訝しまれながらも皆それぞれの作業に戻った。
ち、千草に彼氏?!そんな話私全然聞いてないけど。というかその素振りすら感じなかった。あ!!千草がチョコ作りに賛成して、やたら緊張してたのはそれが原因か!!
ようやく合点がいった私は一人で納得していると、美弥子さんは唇に人差し指を立てながら、他の方には内緒ですよ?と合図をされる。
流石に人のプライベートに茶々を入れるほど野暮でもない。ただ、ちょっと話は聞いてみたいかも。
「い、いつから……?」
「去年の秋の終わりごろのようですね。以前から何回かデートのお誘いを受けていて、最初は千草様も仕方ないという感じだったのですけれどね。回数を重ねられるうちに意識をされるようになられたご様子で、今は大変ご順調に交際を進められているようですよ」
去年の秋の終わりと言うとショルシエとクライスが元になったあの魔獣とやりあってひと段落着いた頃だったはずだ。
そんな時期にコッソリと進展したなんて、千草も中々隅に置けないということか。
郡女では女子に一番モテるイケメン女子で通ってたというのに、やっぱり年頃の女の子なんだなぁ。チョコは貰う物とか言ってたもんね。今年はとうとう渡す側なわけだ。
「ど、どんな人なの?」
「清嶺高校という進学校の剣道部主将さんです。とてもまじめで実直な方と評判だそうですよ。因みに告白はお相手の方からです」
「ほえー」
剣道部主将さんってことは前に言った事のある剣道の合同練習の時に知り合ったのかな。それにしても堅物の千草を落とすなんて、中々根気のいるものだっただろうに、相手の剣道部主将さんも中々やるなぁ。
感心している内に作ったチョコを全部オーブンシートの上に小分けし終わった。後はこれを冷蔵庫で冷やしてもうちょっと硬くしてから成型、コーティングと行程を踏んでいくらしい。
冷やす時間は15~30分。既に結構固まっているので恐らく20分程度で手ごろな硬さになると思う。
オーブンシート自体がすでにトレイの中に敷かれているので、トレイを天道さんに渡して、冷蔵庫に閉まってもらう。
「羨ましいですか?」
「羨ましくはないのかな?どっちかと言うと今すぐおめでとー!!ってしたいもん」
千草の事を羨ましいとかそういう風には今のところ思ってない。単純におめでたいことだという認識で自分がそうなる、そうなりたいって認識というか考えというかそういうものが浮かんでこない。
結局のところ元々の人としての経験値が足りないのだと思う。私はずっと大人に囲まれて過ごしてきたと思っているし、仮に男の頃の私もこの分だときっと人間関係が希薄な仕事人間だったはずだ。
自分の過去が不明瞭というのはこういう時に厄介だなと思う。本来あったはずの経験や記憶が何処かでリセットされているはずだから。
幸い、医療と看護については現職並みだと豪語出来るけれど。これが無かったら私じゃない。
だからこそ、その部分は消えなかったのかな。私を構成する重要な部分だから。
「ふふふっ、早めに恋をしていただけると私としてはとても助かります」
「え、なんで?」
「早くしていただかないと、私が先に取ってしまうかもしれませんよ」
「……?」
何のことだと首を傾げる美弥子さんはただただ笑うだけでそこから先はどういうことなのか?と聞いても教えてくれなかった。先に取っちゃうってどういう事?
首をひねり続ける私は結局それがなんなのか分からずじまいだった。




