ノーブル対策会議
今回の会議で最も重要な部分は委員長の証言を元にしたノーブルの内部情報だろう。尋問で時間の掛かる元支部長から齎される情報も重要ではあるけれど、やはり時間がネックだ。
ここに来て委員長からの情報が多少なりともあるのは貴重なものだ。
「ここからは要ちゃんから寄せられた情報をそのまま資料に記載しているわ。まずは皆で熟読してもらっていいかしら」
「質問があれば私が答えます。今日はそのために来たので」
今日配られた資料の大半が実際委員長が先日渡してくれたUSBメモリーに入っていた文章ファイルをそのまま印刷したものの様だ。
それをまずは熟読して、そこから浮かんだ疑問に委員長が答えていくというスタイルになる。相変わらずタフなメンタルだ。こうして物々しい雰囲気の会議でもしゃんとしているのは大物の証なのかもね。
「この連れ去った男ってもしかしてクライスかしら?【ノーブル】の構成員の中に同じような奴がいたら別人かもだけど」
「あ、それでしたらそのクライスさんとかいうあの男だと私も思っています。私を捕まえた時に顔は見てませんけど、声は一緒だと思いましたから」
それは意外だと私は感じた。てっきり、委員長を攫ったのはシャドウだと思っていたからだ。
シャドウも隠れの魔法少女を攫う行為をしていたのは間違いない。舞ちゃんがその被害者の一人であるのは私も見ているし、私自身を攫おうとしていたのもまたシャドウだ。
そうではなく、クライスが委員長を攫ったというのは素直に意外だという感想が出る。クライスに痕跡を残さない丁寧な仕事が出来るとは思っていなかった。
「だけどなんだって庭で隠れて魔法の練習なんてしてるんだ」
「使いこなせたらカッコいいかなぁって……、えへへっ」
付随して資料に書かれている内容には委員長が夜中に魔法の練習をしていたと記載されている。
野良でもなく、正式な魔法少女として活動するでもなく、隠れでも魔法に興味津々だった委員長がらしいと言えばらしいと言うか。
千草が呆れて珍しいジト目を委員長に向けていて、委員長はあははと恥ずかし気に笑ってごまかしている。
恐らくその魔法を見られていたのが連れ去られた原因だろうから、今後は誰にも内緒で魔法の特訓は厳禁。笑って誤魔化しても絶対にしないように改めて注意しないと。
「要さんは今後も好奇心で魔法を使わないように。魔法の訓練は身体が回復してから、ご両親と相談してから、ですからね」
「はーい」
番長の言いつけを聞いてるんだか聞いてないんだか、イマイチ緊張感に欠ける間延びした返事を聞きながら、私達は再び資料に目を通す。
連れ去られた委員長が目を覚ましたのは暗い部屋だったそうで、この辺りから記憶が朦朧としているらしい。この時点であの身体を覆っていた刺青のような刻印が身体に刻まれていたのだと思う。
あれが委員長の自意識を押し退け、身体のコントロールを奪うような役割を持っていただろうことは、それらが消えた今の委員長が元気にしていることからも分かる。
「浮いてるのか、寝ているのかもわからなかったけど。ふわふわとした感覚が印象的だったなぁ。よく女の人が私の近くに来て何かをしてたのを覚えてるよ」
「間違いなくショルシエだね。あの魔女の事だ、実験体の調整には熱心になっていたはずだ」
委員長の言う女の人がショルシエだろうというのは私も予想できた。基本的に【ノーブル】が持つ魔力に関する超常的な技術はショルシエが開発したものだろうとは本人の口からもそれらしき話をしていたし。
魔力を使うので狂気の科学者とは厳密には言わないのかもだけど、それだけ印象を持たせるほどの事をパッシオの祖国でもやらかしているらしいし、自らの生み出しだ技術が上手く作動することには執着してそうだ。
「ショルシエ、【ノーブル】に所属している妖精ね。技術者の様だけど、戦いの場に立つことはあるのかしら?」
「僕は一度しか見た事が無いかな。とにかく搦め手が得意だ。正面からの力押しよりは意表を突く戦い方を好むけど、魔力量は相当に多い。魔法使いとしても強力なのは間違いない。幸いなのは本人が自分が戦うことを嫌っている事だ。よっぽどの事が無い限り自ら戦うことは無いだろうね」
つまり、ショルシエが自らの手で戦闘の意思を見せた時はよほど追い詰められた時か、目的を達成し切ったような時かな。
手札を潰され自ら動かざるを得ない状況か、既に手札も山札も消費し切って余裕がある場合なら遊びとして手を出すことも考えられる気がする。
どうせなら前者のような優位な状態で戦いたいところだけどね。
「この何回か移動させられた、っていうのは?」
「文字通り、最初にいたところから何回か別のところに移されてたと思う」
意識がもうろうとしていたらしいので、曖昧な部分も多いけど施設そのものを移動していたらしい。ということは複数の拠点があるということだ。
予想はしてたけど、事実としてわかると厄介だなとしか思わない。
それだけの資金力や技術があるというのが何より厄介だ。宗教を母体にした組織としている以上、それら魔獣信仰のどこかからお金が流れてくるのだろう。
先日の魔取りの一斉調査でも、幾つかの魔獣信仰拠点が実際になんらかの違法行為をしていたと認められ逮捕者も出ている。多くは資料を押収された後、公安の監視対象に落ち着いたようではあるらしいけれど。
お金の流れを断つのが最も効果的なのは簡単に想像できるけど、同時に難しいだろうことも容易く思い至れる。長いイタチごっこになるだろうな。




