取り戻した日々
ノンちゃんのいる『魔法少女協会』の管理地の管理者側の門から中に入った私達はそこにある建物の中で作業着に着替える。
実はノンちゃんの飼育に関して、餌やりなどの直接ノンちゃんに近付く行為は私達魔法少女が率先してやることになっている。
どんなにノンちゃんが大人しい魔獣だとしても、やはり魔獣は魔獣。何の力も無いただの人間を接触させるのは危険だという判断と実際は少し違うけど、拾って来たのなら世話は自分達でやりなさいという光さんの親としての主張が織り交ざってこうなった。
とはいえ、私達が毎日ここまでやって来て、朝晩の餌やりを出来るかと言われると難しい。実際は学校が休みの日くらいに限られているけれど、私達はこうしてノンちゃんの下を定期的に訪れては、餌を上げたり遊んだりして交流をするようにしている。
特に爬虫類が大好きな紫ちゃんとあっという間に絆された朱莉、舞ちゃんが率先して餌やりや遊びに来ているみたいで、よく連絡が来る。
「あいつらも飽きないな。長期休暇になったら入り浸ってるんじゃないか?」
「飽きるよりは良いよ。世話をしなくなられても困るし」
今日も来ているみたいで、既にここに備え付けられたロッカーには荷物が入ってるみたいだ。
すっかり可愛がっているから、リオ君またいじけてるんじゃないかな。
アレはアレで可愛いんだけどね。ほっとき過ぎると朱莉の使い魔から私の使い魔になっちゃうかもよ?
冬の寒い空気に冷やされた作業着と長靴に寒い寒いと言いながら、着替えも終わって作業着と長靴という年頃の女の子には似つかわしくない格好で私達は施設の中を歩いていくと、見慣れた顔が待っていた。
「や、その様子だと回復は順調みたいだね」
入口とは別の建物の外。ノンちゃんがいる側の通路の壁に寄りかかっていたパッシオが安心したと口にしながら歩いてくる。
途中で人間体から妖精体に姿を変えると、いつものように私の左肩に乗って来た。ちょうどいいからマフラー代わりに尻尾貸して。
「うん。元気だったよ。そんなにしないうちに学校に来れるようになると思う。ところでパッシィはなんでここにいるの?てっきりお屋敷で留守番してると思ってたのに」
「僕だって最近は忙しいんだよ?今日はノンと色々話をしたりとかね。あぁそうだ、美弥子さんも来てるよ」
パッシオが示した方を見ながら尻尾を首に巻き付ける。その方向にはノンちゃんの大きな甲羅とそれを寒い中でブラシでごしごしと洗う三人の姿が見えた。
よく目を凝らすと確かに朱莉と紫ちゃんの他に見慣れた後ろ姿もあった。いつものメイド服姿じゃなくて、私達と同じように作業着と長靴姿の美弥子さんだ。
「なんで美弥子さんが来てるんだ?」
「真白が話すノンに一度挨拶をしたいってね。僕も色々仕事のサポートをしてもらってる手前、お願いされたら無下には出来なくてね」
どーだか。女の子と見ればすぐに甘やかすパッシオの事だ。美弥子さんじゃなくたって断ったかどうかは正直疑問だったりする。
耳元で信用無いなぁ、なんて言ってるけど自分の胸に手を当てて言って欲しい。
まるでイタリアの伊達男だ。ちょっと可愛いかったり綺麗どころの女の人には良い顔をしようとするからこっちは手綱をしっかり持たないと。そのうち誰かに粗相をするんじゃないかと心配でならない。
「最近真白が厳しいんだけど」
「知らん。自分でどうにかしろ」
「パっちゃんは『たらし』だって、ママと番長が言ってたよ」
その話は後でじーっくりと聞くとして、私達も3人の下に向かうとしよう。肩の上でパッシオが縮こまってるけど、断罪は後にしてあげる。
冬の寒空のした、乾いた地面のザクザクという音を鳴らしながら近づいていくと、向こうも気が付いたようでブンブンと手を振っていた。
「やっほー」
「やほ。今日も寒いのにご苦労様ね」
「そっちもね」
朱莉達挨拶も程々にノンちゃんにも挨拶すると顔を近づけて来て、くちばしで頬をつんつんとされる。ノンちゃん流の挨拶らしい。温度の無いくちばしが一層冷たく感じるけど、ノンちゃんはへっちゃらという様子で呑気に甲羅を洗われている。
「今日はホント寒いです。リオ君で暖を取ろうとしてたんですけど、リオ君ってば朱莉に構ってもらえないから拗ねちゃって」
「あのエロ猫、美弥子さんの服の中に入って出てこないのよ」
「温かいから私としてはありがたいですけれど」
そんなホッカイロ代わりのリオ君は絶賛いじけ中で、美弥子さんの作業着の上着の中。こんもりと膨らんだお腹の辺りで丸くなって寝ているみたいだ。どういういじけ方なのリオ君……。
「……なるほど」
「パッシィ?」
「何でもないです」
後でお説教は追加することにする。慈悲は無い。
そんな緩―くも戻ってきたいつも通りと、新しく変わった日常に私達は身を委ねて行く。このまま何も無ければいいんだけどね。




