大人たちの反撃
それを見ても尚、微動だにしない支部長には警戒のほかに気味の悪さも感じ始める。殺気立つ私達に対して、一介の公務員が出来る態度ではない。
「まだまだ青い果実や、摘果で早々と摘み取った実も良い事には良いのだがね。どうにも使い捨てになってしまってね。使い捨てにしないためには魂を抜き取る必要があるのだけど、私は君たちの命を摘み取りたいわけではない。君たちが育て上げた集大成である魔力と言う果実を摘み取り、奪い取るのが最高に興奮するだけなのだよ」
「なんの、話をしている……!!」
「おや?君はまだ聞いていなかったかな?魔弓の魔法少女 アルシェ君。ウィスティー君は知っているだろうけど、ね」
【Slot Absorber!!】
左袖を捲り上げ、現れたそれを確かに私は知っていた。それは【ノーブル】が開発し、私達も鹵獲したもの。
報告によれば、男性であっても魔力を扱えるようになるそれを【ノーブル】と繋がりがあるのであれば持っているのも頷ける。
【Pseudo Memory!! Wind!!】
その脂ぎった体に似合わず素早く差し込まれたメモリーと呼ばれるそれと共に強烈な風が室内に吹き荒れる。
突風に咄嗟に踏ん張り、吹き飛ばされないようにする。その間に千紗さんは魔力の矢を3発躊躇わずに放っているけど、舌打ちしている辺りは手ごたえは無さそうだ。
「はははは!!流石は有数の実力者だ!!躊躇いもしないとはね!!だが、これだけではないのだよ」
風が収まる直前に窓際から聞こえて来た声目掛けて私達は揃って攻撃する。依然として膨れ上がる魔力に躊躇する理由もない。
斧槍による斬撃と、魔弓によるマシンガンのような射出は支部長室の壁を破壊し、轟音をあげることになる。下で大騒ぎになっている気配もあるけど、元魔法少女も多い手前大丈夫だろうと勝手に推察しておく。
「この身体でなければ今頃ハチの巣かミンチだったよ。随分手荒だね」
それでも、平然とした声で支部長の声は返って来る。攻撃で巻き起こった土煙が晴れたところにいたのは、異形とも言うべき支部長の姿だ。
上半身は今まで通りでっぷりとした典型的な中年オヤジのその体型が見受けられるけど、対してその下半身は巨大なタコのような水気の含んだ太い何本かの触手により立っている。
ハッキリ言って気持ちが悪い。吐き気を催すほどには。
「悪魔にでも魂を売ったかのような見た目の貴殿に言われてもな。ウィスティー、アレについては知ってるか?」
「人間が人工的に魔獣化させられた、という情報は上がっています。ですが、アレはどちらかと言うと、人間に魔獣をくっ付けたが正しいようですね」
クライス、という男が魔獣化したという話は聞いているけど、彼の場合人間だった頃の自意識は非常に希薄だったようで、ほぼ理性のない獣だったはず。
対して支部長は人間としての理性を保ちながら異形の身体を手に入れている。改良型、と言うよりは新しいアプローチからの人体の改造と見るべきだろう。
ところどころ欠損している様子も見えるけど、こうして観察している最中にもドンドンと再生している。タコの再生能力が魔獣になった時により強化されているらしい。厄介な能力、だけど。
「『破絶』の私には意味ないわ……!!」
キィィンと魔法具である斧槍『エストランサ』が高音の音を放つ。
私の属性は『振動』。燃費が悪いのがネックだけど、手に触れている物体を振動させられる私の魔法はあらゆるものを『絶対に破壊する』。だから、『破絶』。
その異名は伊達ではない。
魔力を纏わせて斧槍を振るう。それを避け、掠めた支部長だったけどその周辺、直径10㎝はあるだろう触手が根元から問答無用で消し飛ぶ。
「――っ?!流石は破絶の魔法少女。再生する余地すらくれないとはね」
「延々と再生するなら、その根っこから全部壊してあげる。貴方と私の相性は最悪だ。魔弓もいる。逃げられるとは思わない事ね」
そこに再生するだけのモノが残ってるから再生する。それなら、再生の余地がないほどに徹底的に壊してしまえばいい。
私と言う魔法少女を相手にして、再生を強みにしている魔獣なんかは逆に好都合だ。
傷つくことを再生するからと後回しにする彼らは最も狩りやすい。
私から逃げようとしても後ろでは常に千紗さんが弓を引き絞って支部長を狙っている。再生と言っても一瞬で再生するわけじゃないし、致命傷を受ければ再生も遅くなるだろう。
明らかな詰みだ。命が惜しいのであれば大人しくしておいた方が身のためというもの。
「くくくっ、恐ろしい。狩人に狙われる獲物とはかくもこういう気分なのだろうね」
「なら獲物は獲物らしく狩られておきなさい。命までは取らないわよ」
「狩られると分かっていて逃げぬ獲物もおるまい!!」
ぼふっと辺りが煙幕に包まれる。これもタコの魔獣の能力か。でも、それでさえ悪手だ。
ファースト世代でも有数の射手であった千紗さん。『魔弓の魔法少女 アルシェ』の本領はこういう時にこそ発揮されるのだから。
「『固有魔法』」
煙幕の中で小さな声と共に菫色の魔力が宿った二つの目が浮かび上がる。
魔弓の魔法少女が得意にしていたのは矢による狙撃でも、物量での掃射でもない。いつ、どんな状況でも必ず当てるというのが彼女の最大の強み。
その目が光った時、彼女は既に獲物に狙いを定めている。
「『この矢は外れない』」
穿たれた一閃が煙幕を消し飛ばし、虚空へと放たれる。その先には当たり前のように風の魔法で飛んでいるのであろう支部長の姿がある。
逃げるというのならば容赦もする必要はない。どうせ再生するのなら半殺し以上でも構わないだろう。
「『固有魔法』」
私も躊躇いなく発動する。多少の加減はしよう。慈悲でも何でもない。これは、罪を償わさせるための加減。死なない程度に死んでくれ。
「『巨神殺し』」
『エストランサ』に膨大な魔力を注ぎ込み、巨大な一本の槍とする。その名の通り、そこにいるのなら巨大な神すら殺して見せる。
その巨槍を投擲し、支部長が地面に落ちたのを確認しながら。私達は今回の騒動が一通り終息しただろうことに安堵したのだった。




