それぞれの魔法少女
やっと終わった。私はそう心の中で叫びながら、座っている椅子の背にもたれ掛かる。
今日は一段と忙しかった。何せ街の中心地に突然魔獣が二体、しかもその内一体はAクラスの脅威度を誇る飛行型の魔獣だ。
普通、魔獣と言うのは人のいない山林で生き物が過剰な魔力を溜め込んで生まれ、食料と魔力を求めている内に、一部の魔獣が人の生活圏内まで降りて来る。
そう、魔獣が現れるのはその殆どが市街地ではなく、人の住む街の端から人の生活圏内へと侵入してくるのだ。
そのため、魔法少女が魔獣を駆除するのは殆どが人の居住区域ではない農作業地や倉庫街、もしくは安全だが地価が高い市街地に住めない、一人暮らしや低所得者が住む集合住宅が並んでいる地域だ。
そんな魔獣が突然街中に現れた。これ程恐ろしいことは無い。
私達魔法庁も、主に監視をしているのはこの山林と人の生活圏内の間だ。ここを注視し、魔獣が下りてきた場合は魔法少女を派遣するのだが、今回の魔獣はそれを文字通り飛び越えて、中心市街地までやって来た。
「Aクラス魔獣が、Bクラス魔獣を捕らえて囮に使った可能性、ね……」
だとしたら恐ろしいことだ。基本的に魔獣は知性が欠けているとされているが、高位の魔獣になれば成る程、そうではない例は今までの報告にもある。
ただ、こうも明確な作戦を立てて人を狩ろうとする魔獣は今までいなかった。
「お疲れ鈴。報告書は纏まったみたいだね?ハイ、コーヒー」
「ありがとう奈那。何とか纏め終わったところ。そっちは朱莉ちゃんの検査終わった?」
今回起こったことを危惧し、対策をどうするべきか考えこんでいるとデスクの後ろからコーヒーの香りと共に声を掛けられた。
声を掛けて来たのは新田 奈那。魔法庁に務める私の同僚の一人だ。胸元まで伸ばした髪を肩口で軽く結っているのと、シルバーフレームのメガネが特徴的。
担当は魔法少女の怪我の治療や健康状態のチェック、カウンセリング等など医療的な面での専門スタッフだ。元魔法少女でもある。
因みに、魔法庁は魔法少女の事を直接取り扱うため、女性職員や元魔法少女が多く在籍していたりする。
「あぁ、外傷内傷、共に完璧な応急手当のお陰で後は骨折や傷痕になりそうなところだけをしっかり治癒魔法を掛ければ、自然回復で構わない」
「良かった。あの子達に何かあったらと思ったらホント気が気でなくて」
朱莉ちゃんの容態は後は時間が解決してくれると知り、とにかく私は安心だ。不調だというのに格上のAクラスに単身挑むなんて、本当なら大怪我では済まない。実際、彼女がいなければ朱莉ちゃんは命を落としていた可能性の方が高い。
「そんな子を、魔獣と戦わせるのが私達の仕事と言うのも変な話だがな。と、それはそれとして、確かアリウムフルールだったか?彼女は凄まじいな」
「珍しいわね。奈那がべた褒めだなんて」
「べた褒めどころじゃない、大絶賛さ。もし彼女と直接コンタクトを取ることが出来るのなら、今すぐにでも魔法少女を止めて、魔法庁お抱えの治療部隊に所属してほしいくらいさ。その位、彼女の治癒魔法による応急手当は完璧だったよ」
普段の奈那はどちらかと言うと辛口で強い口調の女性だ。直接命のやり取りをする彼女達が軽率な行動で怪我をした時などは、それはそれは怖いお説教が待っている。
そんな彼女が手放しでアリウムフルールと言う一人の魔法少女をほめたたえるのはとても珍しい。
それだけ、あの子の治癒魔法はスゴイ精度を持っているという事だ。
変幻自在の障壁魔法に、大怪我をした魔法少女を迅速に的確に治療する治癒魔法を兼ね備えているあの子が、野良魔法少女だという事は本当に残念だ。
だけどそれよりも私は出来るだけ早く、アリウムフルールとコンタクトを取りたいと思っていた。
「ただね、あの子の事はそれを抜きにして早く直接的なコンタクトを取りたいのよね」
「ん?あぁ、この前の会議にあった育児放棄と家出の可能性か。何か進展があったのか?」
「いいえ、何も無いわ。何もないのが、問題なの」
もし、彼女が得た情報とこちらの推測通りに育児放棄の末の家出をしているのであれば、親族や、近隣の住民、保護団体やその施設等などに身を寄せている、と言うのが普通だろう。
そして、そう言ったところにいるのであれば、警察を始めとした機関に何らかの相談や通報が行っていても何もおかしくは無い。むしろそれがあるべきあり方だ。
「まさか、それは考え過ぎじゃないか?」
「分かってるわ。それは最悪を想定した場合だって、だけどもしそうだとしたら、私達は大人として、一刻も早く彼女を保護すべきなのよ」
それが、無かった。関係各所に連絡をしてみたが、他の子達から得たアリウムフルールの背格好や外見と口ぶりから推測できる高校生くらいと思われる年齢で、該当しそうな少女が一人もいなかった。
つまり、彼女はそう言った安全なところに身を寄せられない環境にいるか、雨風を防ぐのもやっとのような場所で生活しているのではないか、と言う可能性が急浮上してきたのだ。
「朱莉ちゃんも勿論心配よ。だけど、アリウムちゃんがそんな状況にいる可能性があるなら、私はそこから救い上げなきゃいけないの」
あぁ、心配だわ。