覚悟を決めろ
口をしばらくパクパクさせて、何を言うべきなのか分からない様子のパッシオだったけど、数分してようやく次の言葉をゆっくりと口にした。
「怖くないのかい?僕と一緒にいたがために、僕と一緒に戦うことで真白の記憶が、周りの記憶が、真白についての記憶がどんどんおかしくなっていくんだよ?もう、君ですら本当の君を忘れてるのに」
「……怖いよ」
そんなの怖いに決まってる。自分の知らないところで、いいや、自分が気付けないようにして自分の事が変わっていってしまっている。もう取り返しのつかないところまで来てしまっているはずだ。
パッシオの言う通りなら、つい半年前まで私は26歳の男の人だった。そんな自覚、もう私にはこれっぽちの自覚も無い。
私は本名小野真白、16歳。小さい時に病気で母を亡くして以来、果てのない医師団に所属していた父について回って医療技術と知識を現場仕込みで叩きこまれたちょっと変わった経歴を持つ女の子。
それが、私がそうだと認識している自分の経歴。きっと、これもどこか変わってしまっているのだろう。26歳ともなれば本当に医師免許や看護師だったんだと思う。私の知識のメインは看護師のやつだから、看護師かな?
「ものすごく怖い。本当の私が、私が知らないうちに消えちゃっているなら、一体私は誰なんだろうって思う」
この記憶が偽りなのだとしたら、本当にいたはずの私がいたのなら、それを思い出せなくなっているのなら。これ以上に恐ろしい出来事はそれこそ命の危機くらいだろう。もしかすると、それよりも恐ろしい事態かも知れない。
ちらほらと脳裏に浮かぶことがあった私の記憶のはずなのに身に覚えのない記憶はきっとこの時の断片なのだと思う。本来の私が持っていた記憶であるなら、私が男子の制服を着ていたことにも納得できるし、昔の出来事を知っていることにも筋が通る。
でも、もう殆ど思い出せない。自分の事であったはずなのに。
「じゃあ、今からでも止めるべきだと僕は思う。真白の身に何が起こるか分からない以上は――」
「ううん。私は戦うよ」
「真白……」
「だって、それが私とパッシオのやりたいことでしょ?」
笑ってそう答える。魔法少女を守る為に戦う、これが私達二人のやりたいこと。
魔法少女を守ることでより多くの人を救い、いずれは魔法少女自身も戦わなくて済むようにするために私達が掲げた目標。
何度も再確認しながら決めたこれを今更覆すつもりはない。
「それでも、僕は……」
「じゃあ嘘つきなパッシオに罰を与えます」
それでも納得しないパッシオに、私は強硬策に出ることにする。後ろめたいのは分かるけど、そういうところはしっかりしてほしい。騎士なんでしょ?
だから、騎士様にはもう一つ、守ってもらう約束を増やすことにしよう。
「パッシオは忘れてないんだもんね。本当の私のこと」
「そう、だね。僕の記憶違いじゃなければ覚えているよ」
「じゃあ、忘れないで。本当の私のことを絶対に忘れないで。どんなことがあっても、私が忘れちゃった私の事まで忘れたら許さないから」
驚いて目を丸くするパッシオに、またニッコリ笑いかける。別に難しいことは要求していない。覚えていられる人に覚えていて欲しいと言っているだけなのだから。
それだけで私は十分だ。皆忘れてしまうんじゃなくて、誰よりも何よりも心強い相棒が覚えてくれているのなら、これ以上の安心材料はない。
誰か一人が忘れてしまう私の事を覚えていてくれるなら、私はそれで良い。
「パッシオが覚えててくれるなら、私は前だけ見ていられるから」
そう伝えて、私は私の言いたいことは大体伝え終わった。私が求めたのはいつも通りであって、今まで以上に手を取り合うことであって、何かを無理に変えようとかそういうのは今はいらない。
こうやって、皆に頼るように教えてくれたのもパッシオだよ。そうじゃなかったら今でも一人で抱え込もうとしてた。頑固なのは変わらないけどね。
「……ホントに、君には一生敵いそうにないね」
困ったように、でも紅い瞳が強く輝いて、パッシオは笑っていた。




