覚悟を決めろ
全員に何言ってんだこいつという顔をされる。うん、そうだよね。そうなるよね。僕だって自分に自信が無い。でも僕にとってこれは現実だ。周囲がどうなっていようと、これに理解と納得をしてもらうしかない。
「真白ちゃんが、男の子?」
「しかも、26歳ですか。ちょっと、いえ全くもって信じがたい事ですね」
「いや、でも妖精という別世界の話よりはマトモなのかな……?」
光さん、雛森さん、新田先生の順にもう全否定だ。いや、さっきのようにあり得ないとドストレートに言われているよりはマシか。
ちゃんとこの人たちは僕の荒唐無稽な話を聞いてくれようとしている。ありがたいことだ。
自分で言うのもなんだろうけど、信じてもらえるかと言えば信じてもらえないだろうって見込みの方が正直高いからね。それでも、やらなくちゃいけないんだけど。
「さっき僕が真白と初めて会った時の話をしたと思うけど、その時は間違いなく男性だったんだ。顔立ちは確かに僕から見ても若かった、見た目だけなら高校生くらいだと思う。でも本人が自分は26歳って言っていたんだから、これを否定する要素がない」
「当時、というと真白ちゃんがあのアパートに住んでいた頃ね」
「写真を見させてもらったことがありますけどかなり殺風景な部屋だったことは覚えています。確かに男性の一人暮らしなら、あのくらい殺風景でも少し違和感が薄まりますね」
美弥子さんの言う通り、真白の当時のアパートはかなり殺風景だった。元々退職金だけで生計を立てていたのと、性格として余計なものを嫌う傾向があったこと、他にも当時の真白の精神状態とか諸々の理由があって、本当に最低限の家具や衣服、生活雑貨しかなかった。
人間と生活した事が無かった僕はあの時の真白の生活をなんとも思っていなかった、というか知らなかったから、人間の生活っていうのはこういうものなのかというゆるーい認識でいた。
今思うと恐ろしい勘違いだ。真白のあの生活は人間がギリギリ生きていける程度の本当に最低限度の生活だったんだ。その中に魔法少女としての活動まで組み込んでいたのだから、もし今も同じような生活を続けていたら、真白はきっと体調を崩していたはずだ。
「真白様ならやりかねませんね」
「むしろ率先して身を削る可能性すらありますな」
普段、真白の世話をしている使用人二人からもこの評価だ。最近は随分まともになったんだ。つい最近まで身を削って何かをしようとするから、止めるこっちも必死だったんだ。
他の人達も風の噂で性格や今までの行動を聞いていたのか、真白がアパート暮らしの時の生活を想像するのは難しくない様子だった。
「それと、一つ重要なポイントなんだけど、雛森さんと真白は旧知の仲だったみたいなんだ」
「私とですか?旧知、というと学生時代の頃でしょうか?」
「クラスメイトだったと聞いてるよ。実は僕も一度だけ雛森さんに会ってる。夏の頃、外でサンドイッチを食べたのを覚えてるかい?確か丁度、ルビーが不調だったころだ」
真白と雛森さんがかつてクラスメイトだったという話はあの時会った時に聞いている話だ。
比較的、真白の中では心許せる数少ない相手の一人だったようで今ほどではなかったけど笑っていたことを覚えている。
まだまだ魔法少女としての活動を始めたばかりで、色々と手探りだった時期でもあるし、僕自身が真白の考えに感化され始めた時期でもある。
より多くの人を助けたい。たったそれだけの願いだけど、途方もない願い。真白はそれを魔法少女を助けることで効率よく、そしていずれは魔法少女そのものが戦わなくて済むようにという目標を立てて活動していた。
今ももちろんそうだ。僕らはその目標に向けて、やれることをやろうと思っている。いるんだけども……。
「んー?真白ちゃんみたいな知り合いいたっけかなー?」
「心当たりもないの?」
「いや、確かにパッシオさんには一度会った覚えがあるんです。少なくとも似たような生き物には確かに会っています。でも……」
首を傾げる雛森さんを見て、全員が首を傾げる。やっぱりそうだ。朱莉ちゃん達にも見た現象。雛森さんが特に分かりやすい変化だとは思っていたけど、これほどとは。
記憶が無くなっている、というよりは記憶が置き換わっているんだと僕は考えている。真白が起こしたことしていたことが無くなっている訳じゃない。そうだった場合、真白の医療の知識と技術は真白の記憶の変化が進行していくほどに失われていくはずだからだ
真白はそれらを失っている訳じゃない。保持したままでも違和感がなく記憶に何らかの干渉があるのだとしたら、書き換えや置き換えが起きている方が理解が出来る。
朱莉ちゃん達もそうだ。僕は当時の彼女たちと会っていたわけじゃないけど、どうやら朝のトレーニングの時に偶然会って知り合い程度にはなっていたみたいだ。
当然、その頃の真白は26歳の男性。いくら見た目が若いと言っても、顔が綺麗なだけで女性と間違える人は少ないだろう。
でも、彼女達も当時の真白のことを少女だと記憶している様子だった。そうでなくては今のようにまるで年の近い友人のようには接することは難しいだろう。
真白が経験したこと、起こしたこと、周りとの接触や記憶が完全に無くなる訳じゃないんだ。だから、僕も今まで気が付けなかった。
ましてや諸星家にいる間は女の子としての振る舞いをし続けないと不自然だから、真白も自然とそう振舞うようになっていた。
元々演技の経験があったという彼がそれを自然と行うようになればそれはもうただの自然体だ。僕も程々にした方が良いとは思いつつ、それでも真白の心がそれで癒えるのならと放置してしまった。
「一体、誰と会って、何を話していたのかがまるで靄がかかったみたいに不明瞭で……。思い出せないんです」
結果として、出来上がったのは誰も彼もが変化に気が付けないというものでそれがここまで事態を進行させてしまった原因だろう。