やさしさの意味
聴診器を背中にピトリと当てられて、大きく息をするように言われ、指示されたとおりに大きく深呼吸をする。それを二、三回繰り返すともういいわよと言われて服装を正して、回転する椅子をキィっと鳴らしながら白衣姿の真白に向き合った。
「ちょっと喉が赤いわね。風邪の引き始めかも」
「マジか、そんな感じはしないんだけどな」
150cmもない身長で白衣と聴診器を首にぶら下げながら、机にあるカルテにサラサラと書き込む姿はちぐはぐというのが正解だと思う。
普段はにこにこ笑いながら千草や墨亜、朱莉とじゃれてるただの女子って感じなのに、今の姿と雰囲気だけは立派な女医だ。
勿論、ここまでの長い間のほとんどを真白が診てくれてて、それが決して雰囲気だけじゃないマジモンのそれだっていうのは分かってるけど、とにかくギャップがすごい。
「大怪我をして、それを治すのに必死で身体の免疫が落ちてるのかもね。まだ自覚症状も無いみたいだし、副作用の比較的少ない漢方薬で様子を見ましょうか」
「うげぇ、苦いのは勘弁だぜ」
「良薬は口に苦し、よ。脈拍、血圧、体温、呼吸、共に異常なし。各種数値にも異常は無かったし、血液検査も大丈夫。レントゲンとMRIでも異常は無かったし、後は外傷の治癒待ちね。痛み止めはどうする?薬にする?それとも治癒魔法で緩和する?」
「治癒魔法で頼むわ」
薬が苦いのは分かってるけど、あの食い物にはない特有の苦みは誰だって苦手だ。
それを回避するためならウチはなんだって使ってやるぜ。
「了解。あとでやってあげるわ。カルテを書きあげちゃうからもう少し待っててね」
即答したウチに笑いながらカルテに変わらずペンを走らせる。軽くのぞき込むけど普通に日本語だ。綺麗な字で書かれてる。
前に聞いた話だと、カルテはドイツ語だって聞いてたから、真白のカルテの書き方で良いのか?
「どうしたの?まじまじとのぞき込んで」
「いや、ドイツ語じゃねぇんだなって」
そう聞くと真白がぶふっと噴き出してから笑い始めた。何がおかしいのかと首をひねっていると、真白が目じりに浮かべた涙を拭いながら手を横に振ってナイナイとジェスチャーをする。
ん?どういうことだ?
「ドイツ語のカルテなんてもう何十年も前の話。国内のカルテの主流は今じゃ普通に日本語よ。ほら、ここまで大きな病院になると複数の医師が一人の患者を診ることも多いでしょ?それが全員ドイツ語が読めるなんて限らないしね」
「あー、成る程なぁ。ってことはドラマでの表現はもうとっくに古いのか」
なんでカルテがドイツ語だなんて思っていたのかを思い出しながら話す。
何年か前にやってた医療ドラマにそんな描写があったのをなんとなく覚えていたからだ。ただ、真白の言い分を聞くとそりゃそうだって感想しか出て来ない。
国内のカルテをわざわざ外国の文字で書く理由、ねえもんなぁ。
「よくあることではあるし、お歳を召した方ならドイツ語で書く人もいるわ。あと英語も多いわね。論文書くようなお医者さんだと特に。私はここでカルテを書くのは初めてだし、ドイツ語や英語で書く理由が無いから日本語で書くけどね」
一応、ドイツ語も英語も読み書きできるわよ?と自慢げに言って見せる真白には素直に脱帽だ。
ウチは習った英語を読み書きするくらいでリスニングは大したことない。発音もいわゆる日本語英語みたいな本場の人から聞けば変な英語しか出来ん。
その辺りは流石勤勉なだけあるな、と思う。
「さ、皆のところに戻りましょうか。積もる話もあるしね」
「だな。色々積もる話、詰める話があるからな」
そういってウチらは診察室から揃って出る。相変わらず、この階は人が少ない。
魔法少女専用フロアみたいなもんだから仕方ないけどな。
痛みで歩くのがしんどいウチを運ぶための車椅子の車輪がカラカラと鳴る音と真白の靴底が床を叩く音。それに二人の話し声が閑散としたフロアに響いていた。
 




