第四の獣
暴れるアズールと、こちらに今にも襲い掛かってこようとする魔獣。その両方に対処するために、パッシオの背中から再び降りる。
何事も無ければそのままパッシオの背中に乗りながら戦っているところなんだけど、二手に別れるともなればそうもいかない。
「僕が全力で戦う以上はロゼには変身できないけど大丈夫かい?」
「ロゼじゃないと戦えないとでも言いたいの?」
「いやいや、一応の確認だよ。もう、怖いなぁ」
軽口を叩き合いながらお互いに向かうべき相手へと視線を向ける。
攻撃に向いている能力を持っているロゼの姿はパッシオが全力で魔力を使うと決めた以上はその消費を抑えるためには控えた方が良い。
アレはパッシオの魔力を相応に消費させるもの。相乗効果で私自身の戦闘能力は上がるけれど、パッシオは貴重な魔力を消費させてしまうから、元々その日のうちに何度も何度も変身できる代物でもない。
今日は既に一度変身して、解除してしまっているし、恐らくアズールと戦うなら通常の姿の方が戦い易いだろう。
「そっちは任せたよ」
「OK。出来れば、手早く頼むよ。長時間は魔力がもつかわからない」
「分かってる」
委員長の時と同じような状況になってしまったが、委員長が魔法でこちらを翻弄してきたのに対して、アズールは猪突猛進にこちらに突っ込んでくる様子。
その証拠に、自分の正面にある障壁の最後の一枚を、今叩き割ろうとしているところだ。
直線的に突っ込んでくるなら幾らでもやりようがあるし。前回のように完全に抑え込んでしまえばその場で治療も出来るだろう。
あの異様な状態が治せるかはともかく、ケガの方は早く治さないと今後に関わる可能性すらあるのだから。
バリンっと最後の魔法障壁が割られると同時に私はその場を飛び出し、アズールを誘導するように一定の距離を保ちながら走る。
「ううぅぅぅぅぅぅっ!!」
「こっちよ!!」
声を掛け、アズールの注意を引くとこちらに気が向いて突進してきた。よしよし、良い子。
こんなこと言ったら怒るだろうけどね。
しかし、アズールの突進力もさることながら、その奥に見える光景が凄まじい。
まるで炎の海だ。パッシオの前方、私たちがその範囲内に入らないように配慮しながら、焼け爛れた大地が空気が揺らめく陽炎となって真っ赤に燃えている。
あれが、パッシオのバトルフィールドと言うことなのだろう。一体、何度にまで熱されているのか、生身の人間でなくてもその熱気だけで倒れてしまうんじゃないかと思う。
「うあああぁぁああぁぁっ!!」
「力は確かに強いかもだけど、ねっ!!」
パッシオからも大きく距離を取り、アズールにも追いつかれたところで振り向きながら、振り下ろされた戦斧を障壁で受け流す。
障壁に加わる衝撃は確かに以前にアズールの戦斧を受け止めた時よりも強力だ。
ただし、そのパワーも単調であっては意味が無い。元よりアズールはパワー型の重戦士と呼称出来る魔法少女。
多少の小手先なんて無理矢理パワーで押し切るその豪快さこそがウリではあるけど、だからと言って振るっていれば良いというわけじゃない。
私やアメティア、ノワールみたいな遠距離より、近距離主体のアズールを含めた他の魔法少女達はコンマ数秒の判断の内に次の一手のための布石を打つ。
これは決してパワーだけで出来ることじゃない。一瞬の判断とそれを可能にする理性と鍛えられた肉体があってこそ。
その両方が欠落している今のアズールの攻撃は、ただただ威力があるだけだ。御することは容易い。
「アズール!!しっかりしなさい!!皆のところに戻るわよ!!」
「ううっ、ああぁぁっ!!」
何度となく振るわれる戦斧をいなしながら、何度となく呼びかける。『ショルシエ』の介入が一番の不安要素ではあるけれど、【ノーブル】の連中と言うのはどいつもこいつも性格が悪いのか、パッシオの炎に包まれ、私たちがその場を離れて以降は彼女も姿を消している。
大方、どこかでこちらを観察しているといったところか。データがどうのこうの言っていたし、戦闘データを集めるだとかそんな理由だろう。
「全くっ、厄介なのばっかり、何だからっ!!」
削られる障壁の合間を縫って、障壁でアズールの動きを封じに掛かる。テンプレとしてまずは利き腕の右の関節。そこから全身へと拘束を広げて行き、やがてピクリとも動けないほどに大量の障壁に埋まることになる。
「ふっ、ぐうぅぅっ」
「そんなに暴れなくたって、もう大丈夫よ。大丈夫、帰りましょ?」
動けなくなったアズールの頬に触れながら、治癒魔法をゆっくりと行使する。
温かな光が静かにアズールを包んでいく内に、やがてアズールは大人しくなっていきそのうちコテンと意識を失ってしまった。
「はぁぁぁっ、良かった……」
何とか要望通りスピード解決出来たようだ。大きなため息を吐いてから、障壁を解除し、倒れこむアズールを何とか受け止めながら、パッシオの方はどうかと視線を向けると魔獣の左腕を食い千切ってる中々壮絶なシーンだった。
思ってるよりも凶悪な戦い方するのね、私の相棒って……。