第四の獣
どろどろになった足場から一歩離れた場所。倒れた木々、その丸太の上に座り込んでいた女性。『ショルシエ』と名乗った白衣の女性が、立ち上がりながら白衣についたゴミを払い、こちらに笑みを向けていた。
「初めまして、『花びらの魔法少女 アリウムフルール』。改めて自己紹介をしよう」
「ショルシエさん、だったかしら?」
「おや、もう覚えてくれたのかい?物覚えが良いのは好きだよ。同じことを言わなくて済むからね」
良い子だと笑いながら話しかけて来るその様子は非常に温和なようにも思えるが、この場はそんな表情をしてられる場所ではない。
すぐ横で繰り広げられている激しい戦闘。こちらにまで時折石片や木の欠片が飛んで来るほどのそれを横に悠長に笑っていられるのは、どこかが破綻した者だけだろう。
「まぁ、それでも改めて、だ。私は『ショルシエ』。【ノーブル】の客員研究員であり、研究室を取りまとめている者でもある。色々とユニークなモノを扱わせてもらっていてね。君たちが持っているSlot Absorberやメモリーの開発主任も私さ」
「随分と物騒なモノを作るわね。これがどれだけ危険か、分かってる?」
「分かってるとも。愚かな猿たちに渡れば、魔獣ひしめくこの世界で、また人間同士の戦争が起こるだろうね」
Slot Absorberを作った張本人。そう名乗るショルシエに率直な意見をぶつける。
それを本人は鼻で笑い、しょうもない事だと嘲笑をする。
嘲笑っている割には、何故そんなものを作ったのか。くだらないと笑うならそんなものを作る必要性は無いだろうに。
「不思議そうだね。なら何故、そんなものを作ったのか?そんなところだろう?まぁ、語っても良いんだが、それでは面白くない」
「無理やりしゃべらせましょうか?」
「やれるものならやって見ると良い。それに、私のことなら君の相棒君がよぉく知っているよ」
ニタリと粘着質な嫌らしい笑みを浮かべるショルシエが言うには、彼女のことをパッシオが良く知っているらしい。
どういう事のかと、背中と後頭部しか見えないパッシオを見つめるけれども、その表情までは窺い知れない。
「『叛逆の魔女』……。よくもヌケヌケと僕の前に現れることが出来たね」
「あぁ、私も驚きさ。まさか生きているとはね?由緒正しき紅の血筋。王族直轄近衛騎士団副団長の『パッシオーネ・ノブル・グラナーデ』殿。あの時以来、かな?」
ケタケタと楽しそうに表情を歪めるショルシエに対して、パッシオの声は今まで聞いたことが無い暗く、低く、そして冷たい声だった。
何があったのかはわからない。聞きたいことは山ほどあるけれど、一つだけ想像できることがあった。
「妖精……」
「ふふふっ、随分と入れ込んでるようじゃないか副団長殿。我々のことまで教え込むとはな。そんなにその少女がお気に入りか?良い研究材料になりそうだと思ったんだが――」
「黙れっ!!!!!!」
轟ッと辺り一面を炎が焼き尽くす。見たことも無い火力。倒れた丸太は炭化し、ぬかるんだ地面は一瞬で乾き、周囲の木に炎が引火する。
一瞬のことで何が起こったのかわからなかったけど、これがパッシオの本気。
きっと放った炎の熱気と光から私を守るために巻きつけて来た尻尾から顔を出しながら、それを実感する
妖精が本来魔法少女よりも優れた魔法を扱えることは頭では分かっていたつもりだけど、これでようやく理解をした。妖精と魔法少女では、扱える魔法の規模も威力も全く違う。
魔法と言う事柄に関しては、人間と妖精では話にならない。天と地ほどの差があると言っていい。
魔法少女に同じことをやれと言われても、出来て恐らくこの半分以下の範囲だ。
「はははははははっ!!!!私に怒りを向けるのも良いが、そろそろお仲間を助けないといけないんじゃないか?そろそろもたんぞ?よくやった方ではあるが」
「っ!!」
そんな私たちからしたら大魔法の中で平然とたたずむショルシエの言葉にパッシオは露骨な舌打ちをして身体を翻す。
大丈夫なのかと声を掛けても、返って来たのはごめん、という無意味な謝罪の言葉だけだった。




