第四の獣
まさか、と言い表しようがない絶望感が襲う。皆を守ると言っておきながらシャドウに釣られてあっさりと分断された結果、ルビー、アズール、アメティアの3人の命を脅かさせてしまったというのか。
最悪の想像が頭をよぎった時、生い茂る木々を跳び越すようにして2つの影がこちらに近付いてきた。
ルビーとアメティアの姿だ。良かった、無事だったかと肩を撫でおろすと同時にアズールがいないことに訝しむ。
「ほう、仲間を囮に使ったか。殊勝な判断ではあるが、意外だな」
シャドウにそこまで言われて、アズールが何故いないのかを悟る。
囮に使う、という酷い言い方をしたが実際は彼女から囮を買って出て、ルビーとアメティアの二人をその場から追い出したに違いない。
わざわざ嫌な表現を使うシャドウを睨み付けつつ、その場をフェイツェイに任せて、膝と両手をついて地面に俯いてしまったルビーの下に駆け寄る。
「二人とも、無事?」
「アリウムさん……」
ケガはなさそうだけど、酷い顔だ。
それもそうか、逃げるように指示されたとは言え姉と慕うアズールを一人置いて来たのだ。心が痛まない訳がない。
俯くルビーに視線を合わせるように、私もパッシオから降りて膝をつく。ルビーの肩に手を置いて話しかけると、小さく震えた声が返って来た。
「アリウム、お願い……。アズールを、碧を……」
「うん」
ザリッと固い地面の指先と爪で削る音が聞こえる。その近くにはぽつぽつと小さな水滴が落ちていて、ルビーがどれだけ悔しいのか苦しいのかが伝わって来る。
返事をしながら、ルビーを抱き寄せる。私が最初からいれば、とは思うけどそれはたられば論。言っても思っても意味が無い。
これからどうするか、それこそが重要なんだ。
「姉さんを助けて。アリウムなら、アリウムだったら出来るでしょ?」
「任せて」
背中を叩き、ルビーから離れる。やることは決まった。あとはやるだけ、それ以上も以下も無い。
すぐにパッシオに飛び乗り、アズールがいるであろう方向へと視線を向ける。耳を澄ませれば、木々をなぎ倒す音が響いてくる。
相当に激しい戦いをしているようだ。急がないと、ルビーやアメティアを逃がしたという時点で3人では敵わないという判断のはず。一人ではもっともたないはずだ。
「ルビーをお願い」
「……はい」
アメティアは私をアズールの下に行かせるべきか否か、迷ったようだけど逡巡の末に小さく返事だけを返してくれた。
本来なら、私を行かせるのは悪手中の悪手。せっかく逃がしてくれたアズールの気持ちを踏みにじることだってあり得る。
それでも、姉であるアズールが助かる可能性が少しでもあるなら、という一縷の望みをかけて、私を頼った。
それに応えない訳には行かないし、医療人として、次こそはと自らに誓ったこととして必ずアズールと共に生きて帰る必要がある。
パッシオに合図を出し、その場を飛び出す。間に合え、と祈りながら。
やって来た先は凄まじいことになっていた。自然と開けた小さな小さな空間ではあったようだけれど、それは既に面影すらなく見るも無残な荒れ地となっている。
木々は折れ、地面は削れ、泥で汚れている。
元々沼地だったのかと思ってしまうほど、足場は悪かった。
「アズール!!」
「ああああああああぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
そんな場所にたどり着き、あの人型魔獣とされる魔獣と戦うアズールに声を掛けるが、どうにも様子がおかしい。
こちらの声に反応もせず、荒々しく魔法具である戦斧を振るい続けているのだけれど、その戦い方も普段とはまるで違う。
普段も戦斧の威力と範囲を生かした豪快な戦い方が持ち味のアズールだったけど、回避や防御はしっかりする。
受けるダメージは最小限に、与えるダメージは最大限に、アズールの戦いかたを一言で表すならそれだ。
でも、今の彼女はがむしゃらに戦斧を振るい続けているだけ。防御も回避もない、自らが傷つくことなど考慮もしない、らしくない戦い方。
こちらの声かけにも応じないことに疑問を感じていると、離れたところから声が掛かって来た。




