第四の獣
幸いだったのは散々ヤバい状況になれていた身体が動いたことだった。
ルビーとアメティアの首根っこを引っ掴んで無理やり跳ぶ。追うようにさっきまでウチらがいた場所に魔獣の拳が叩き込まれた。
堅い地面が割れる威力。拳でだ。並みの力じゃないことは見てりゃ誰だってわかる。あんなの、魔法少女だってマトモに受けたら一撃でノックアウトだ。
「お前らは逃げろ。時間はウチが稼ぐ」
「……は?何言ってんの?」
結論はすぐに出た。現状、ウチらじゃアレには勝てない。
単純なパワーが何もかも違い過ぎる。筋力もそうだけど、感じ取れる魔力量がおかしい。
一体でウチら全員の総合魔力量を軽々と上回ってるはずだ。
メモリーを取り込んだってことは魔法だって使えるはずだ。魔法を使ったのは映像で確認している。
もし、奴がその気になればこの辺りは一瞬で焼け野原だ。防ぐ手立てを考える方が難しい。
だからこれが最善だ。戦力を逃がしつつ、ここ多少の足止めの時間を稼げれば、まだチャンスがあるはず。
何より、こいつらを死なせるわけにはいかない。
「何度も言わせんな。逃げろ、ウチらじゃアレには勝てない」
「やって見なきゃ――」
「余計な意地張ってんじゃねぇ!!死にてぇのか!!」
ウダウダ抜かすルビーを黙らせる。いつもの勝気に見せかけてるけど、ようはウチ一人を置いて逃げたくないっていうワガママだ。
今はそんなのを受け入れられる状況じゃない。戦闘に入ったせいで気付いてなかったけど、いつの間にか藤姉との通信も切れてやがる。
それが意味することは一つ。
「アメティア、気付いてんな?」
「はい」
「バカ連れて逃げろ。アリウム達にも状況を伝えて、全員で全速力で逃げろ。良いな」
「……はい」
ここは連中の狩場だ。ウチらをおびき寄せて、ここで狩りつくすため狩場。
魔法庁が見つけた映像は偶然発見したんじゃない可能性すらある。見せられて、おびき出された。
まんまと餌に釣られて、針に掛かったウチら全員をそこの化け物の実験のついでに一人でも多く。出来れば全員潰せれば、連中にとっては良い事しかない。
それを可能にするだけのポテンシャルをもった化け物を作ったってのは、作り上げた段階である程度分かってたんだろう。
なら、ウチに出来ることは一つ。一人でも多く逃がすこと。
リーダーとして、姉として、果たすべき役割の一つだろ。手立ては、辛うじて一つある。
「で、でもそれじゃ!!」
「時間がねえんだ!!早くしろ!!」
藤姉が、S級魔法少女『破絶の魔法少女 ウィスティー』が来てくれれば話が変わる。
通信が途切れた時点で動いてくれてるかもしれないが、それは楽観的な考えだ。今、ここで、誰かが足止めする必要はある。
今すぐにでも逃げてくれれば色んな意味で生存率が上がる。頼むから、ワガママ言うな。
「頼むから、早く逃げてくれ」
「ルビーちゃん」
「……っ!!」
懇願するように伝えて、アメティアに諭されて、ようやくルビーがその場から飛び出す。
全く、手の掛かる妹だ。
……わりぃな、頼んだぜ。
続いてその場から離れたアメティアを見送って、ウチは海斧『ヴォルティチェ』を構えて、化け物と女を睨み付ける。
「ご丁寧に待ってくれたのかよ。随分余裕だな」
「うーん、待つつもりは無かったのだけどもね。上手く動いてくれないのよ。処理落ちかしら?ま、一人でも殺せれば私としても【ノーブル】としても十分なデータと戦果にはなるでしょ」
悠長に首をかしげながら、動きの悪くなった化け物からプスプスと雑に何本かのメモリーを引き抜いていく。すると、徐々に化け物が動き始めた。
それでも威圧感は変わらねぇし、脅威度も大差無いだろ。少なくとも真っ当なやり方での勝ち目は限りなく薄い。
使いたくねえ魔法だったんだけどな。四の五の言ってる場合でもない。
魔力を練り上げ、口を開く。ウチにとっての全力で、忌み嫌うくらいには大嫌いな魔法名を。
ただ、この状況の選択肢として使えたのはラッキーだったのかもな。前みたいに誰かを巻き込むことなく、使えるってのはさ。
「『固有魔法』」
「あら?凄いわね貴女。似たようなことが出来るなんて」
「『WILD OUT』」
暗転する意識の中、少しだけ驚いたような女の声が頭の中に響いてきた。




