それぞれの魔法少女
「魔獣だああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?!?!?!」
誰かの大声に、周囲は一気にパニックに陥る
逃げ惑う人々と、狂乱の声、子供の泣き声と悲鳴
「ギャォォオォォオォォォッ!!」
そして、魔獣の咆哮が残った窓ガラスを震わせる。店内に飛び込んで来たのはゴリラのような猿型の魔獣。ただし、その体長は3mを超えていて天井にゆうに届く大きさ
「『チェンジ!!フルール――』」
迷ってる時間なんて無い、咄嗟にスマホを片手に変身しようとしたところでまた別なモノが視界に飛び込んで来る
「おばあさん、大丈夫?!」
「ばあちゃん、捕まれ!!早く逃げるぞ!!」
「こんな老いぼれなんて置いて貴女達が早く逃げなさい、私は大丈夫だから」
「良いから早く来てください!!」
そこにいたのは恐らく腰が抜けてしまったおばあさんを補助しながら外に逃げ出そうとする3人の姿だ。魔獣にかなり距離が近い
あのままでは見つかってどうなるのかは誰が見ても明らかだ
「クソッ!!オイこらゴリラこっち向け!!」
変身よりも先に彼女達の安全の確保が優先だ。彼女達が見つかる前に、大声と足元に転がっていた椅子を魔獣目掛けてぶん投げると、魔獣の意識が俺に向く
元々、閑散としていた店内は数名いた客とその付近にいた客達は粗方逃げ出している筈。世間は平日の昼間、という事が幸いだな
「ブオオォォォッ!!」
「うるせえな!!一々吼えるな!!」
「真白!!早くショッピングモール側へ!!人目が無いところに隠れて変身だ!!」
「分かってる!!」
吼える魔獣に煽るだけ煽って全力で逃げる俺。2つ目の幸いは飛び込んで来た店内に対して魔獣の身体がデカすぎるってことだ。これなら、ショッピングモール側に逃げるまでに多少の時間は稼げそうだ
逃げる俺の後を追い、折角見つけた手頃な得物を見逃したくない魔獣は当然の様に追い掛けて来る
「っぶね?!今掠ったぞ?!」
「避けられたんだから問題ないよ!!良いからまずは逃げる!!」
上手く進めない事に腹を立てたのか、物を投げつけて来た魔獣に戦々恐々しながら、俺達はドーナツチェーン店の店内から、ショッピングモールの比較的広い空間へと躍り出る
魔獣の方は、人用の出入り口に少しばかり悪戦苦闘している。この間に姿を一旦隠して変身するしかない
「周りに人は?!」
「大丈夫!!監視カメラもいつも通り妨害済みだよ!!」
「相変わらずサポートは完璧だな、相棒」
「当然さ。戦う君をサポートする、それが僕の役割だろう」
近場の物陰に隠れて人目と文明の利器たるカメラの確認をして、準備は万端。反撃の準備は整った
お互い不敵に笑ったところで俺はスマホを構え、音声認識を起動させる
「『チェンジ!!フルール・フローレ!!』」
【CHANGE!!FLEUR・FLOR!!】
聞こえて来た機械音声と共に、俺は光に包まれて変身を始める
「『チェンジ、コンプリート』」
【CHANGE,COMPLETE!!GOODLUCK!!】
眩い光が収まった頃には、純白の髪と衣装に身を包んだ魔法少女アリウムフルールの姿へと変身を終えている
魔力を解放したことで漲る活力とエネルギーを身体に感じながら、俺は隠れていた物陰から飛び出すと、ようやくドーナツチェーン店の入り口を吹き飛ばしてショッピングモールの中へと入って来た魔獣の姿が現れた
「グルルルルル……」
「あら、警戒する頭はあるのね。猿並みの知能はあるのかしら」
「君はかなり魔力量が多いからね。強敵であると同時に魔獣にとってはご馳走だ、気を付けなよ」
俺の今の姿を見つけて、魔獣は突っ込むのではなく警戒するようにその場で唸り声を上げる。今までの魔獣は、姿を見次第突撃してくるような単調な連中ばかりだったので、多少なりとも警戒すると言う頭があるという事は脅威度はBクラス、と言ったところか
だからと言って負けるつもりは毛頭ないが
「魔法少女アリウムフルール。今回は守るべき魔法少女はいないけれど、守らなきゃならない命のため、あなたを今から倒します」
そうして、俺は目の前の魔獣と戦闘を始めた