正体不明の魔獣を調査せよ
予想通り、標高こそは高くはないけれど、山を越えることになった。
使えなくなった国道の樹木の根に押し上げられでボコボコになったアスファルトを目印にしながら、私たちは山を越え、その先の湖近辺へと向かう。
「ここまで来ると隣の街も近いな」
「この湖の先だったっけ?大きな街じゃないけど、元々城下町だったっけ?」
「うん。歴史の授業でも出て来るくらいには有名だよ。城下町は、街の作り自体が防衛に向いているし、いざとなれば街の中心にあるお城がそのまま避難所に使えるから魔獣との戦いにも便利みたい」
山を越え、起伏が一度落ち着いたところで高い位置に障壁を張って一休みをする。外側には前に使ったカモフラージュ用の障壁。
本当に障壁魔法は便利だ。空中に足場を作りながら堂々と休憩を取れるなんて便利使いが出来るのに、なんで皆使わないんだろう。
「アリウムみたいに障壁の形を自由自在に操れる魔法少女なんてそうそういねぇって。弾力がある障壁も、迷彩能力のある障壁も聞いたことねぇし」
「じゃなかったら皆もっと便利使いしてるっすよね。アリウム先輩が純粋にスゴイんすよ」
「止めてよ、背中がぞわぞわするわ」
ボソボソした携帯食料と味の薄いスポーツ飲料で押し流しながら障壁魔法がメジャーではない理由を考えていると、アズールの突っ込みとクルボレレちゃんの褒め攻撃が飛んで来る。
アズールの言う通り、私たちの面々で私以外に障壁魔法を使うのはアメティアくらいだ。
それでも時折、といった具合でこの道中も私が教えながら、自分の足場を作る練習をしたりしている。
他の皆は見向きもせずに私が作った障壁を足場にして進んでいた。便利と言うのなら覚えろと思わなくもない。
「壁を張るだけなら出来なくも無いけど、私たち近距離組にはあまりメリットが無いのよね」
「正直な。防ぐなり受け流すのは自前の武器で出来るし、その方が速い。避けられるならそれまでだしな」
「みんなしてそうやってさ~」
便利だ便利だ言う割には自分たちには向いていないだの、必要ないだの言うのだ。まったく、人を便利使いしといて酷いものだ。
ぶーぶー言いながらもう一口携帯食料を口にして、また薄いスポーツ飲料で流し込む。固形でボソボソのやつだから、口の水分を含むと口の中で固まって食べにくいったらない。
この辺りの携帯食料の食べにくさは昔からだ。レトルトを食べる余裕があればそっちの方がいいけれど、温める方法も無いしかさばるから今回は無し。
そんな携帯食料の食べにくさと格闘しながら、なんだかんだと視線は全員障壁の外。眼下に広がる広大な森とまだ低い日の日差しを浴びてキラキラと輝いている湖面などだ。
世界中を飛び回ったけど、ここまで綺麗な光景に出会ったことは無い。
美しい光景もそうだけど、目的の魔獣を見つけるためでもあるので、そちらも見落とさないようにする。
本来の目的はこっちなんだけど、どうしてもね。
「んー、色んな魔獣がいるけど人っぽいのはいないねー」
「よく見えるわね。私は全然よ?」
「おっきいのはいないよ。もしかしたら冬眠してるのかも」
全員で目を凝らしながら見ているけど、景色が良いというのが分かるだけで魔獣の姿は森の木々にほとんど隠れているのだろう。
ひと際目のいいノワールが何匹かの魔獣を発見したというけれど、人型でも大型でもないようだ。
大型の魔獣。この辺りだとなりやすいのは熊の魔獣か。そうだとすると冬眠、というのは確かにその通りなのかもしれない。
魔獣の行動や習性は基本的に元になった動物とそこまで変わらない。元々大きく強い熊型の魔獣は冬眠に入ってる可能性は高いだろう。
「それにしても上から眺めているだけでは埒があきませんね」
【そういうことだ。危険度は上がるが、下に降りて確実な探索を頼む】
上から楽して探せるほど簡単な任務ではないのは当たり前。探すというのは思っている以上に労力と時間を駆使するものなのだ。
それが生きて動いているとするなら、もっとだ。
「補給は終わったな?さぁて、本格的に仕事すんぞ」
アズールの号令と共に私は周囲を覆っていた迷彩用の障壁を解除して下に向かう足場を作る。
眼下の森は今や人が踏み入ることのない領域。果たして蛇が出るか鬼が出るか。




