正体不明の魔獣を調査せよ
「イノシシ型の魔獣はBクラス相当の個体と推測しています。木々をなぎ倒すほどの力。それをモノにしないほどの堅牢さ、イノシシとしての特徴である加速能力と機動性の高さも健在でかなり強力な魔獣と言えますが、問題はこちらではありません」
縦横無尽に木々をなぎ倒しながら駆け回るイノシシ型の魔獣に解説を入れつつも、雛森さんは問題はこちらではないと明言する。
私も事前に千草にどういった内容かは聞いてはいるけれど、今のところ目立つのはイノシシ型の魔獣の動向だ。
対して、それを相手にしている魔獣はイノシシ型に比べると目測でも数mはサイズが違うように思える。
「あのちっさいのが今回呼び出された原因?魔獣にしてはかなり小型じゃない?」
「イノシシ型が体高4mと推測しています」
「ということはその半分くらいっすから、2mくらいっすね。魔獣にしてはかなり小さいっすね」
推定2m。大きさが強さとも言われている魔獣にしてはかなり小さな魔獣だ。大柄の人間とさほど変わらないサイズとなると魔獣からすれば人間とネズミのような対格差に感じるに違いない。
機敏には動けるだろうが、それを補うのが魔獣の身体ポテンシャル。イノシシ型ともなれば地上を走る追尾ミサイルのようなものだろう。
魔獣化していなくても、イノシシは相当に危険な野生動物。魔獣化しているとなるとその能力は数倍に上がっていると考えると、2m超程度の小型の魔獣など餌以外の何物でもないはずだが……。
「おいおい、嘘だろ……」
「魔法……?」
「水属性、かしらね……」
本来あるはずの魔獣の食物連鎖はあっという間に逆転した。
イノシシ型の魔獣の足を止めたのは、突如ぬかるんだ地面だ。泥状になったそれに足を取られ倒れこんだ魔獣を捕らえるようにして水の塊がイノシシ型魔獣に覆いかぶさる。
魔獣だって呼吸をする。魔力が無ければ生きられないが、普通の生き物のように酸素や栄養失調等でも死ぬ。
全身を包むように水の塊に覆われたイノシシ型魔獣は呼吸が出来ずに苦しみ藻掻くものの、やがてその水塊ごと身体を持ち上げられ、そのうちピクリとも動かなくなった。
イノシシ型魔獣を仕留めた小型の魔獣はその動かなくなった身体を地面に無造作に落とすと、腹を裂き内臓を取り出して毛皮と肉と骨を分けだす。
かなりグロテスクな光景だが、血を見ることも当たり前の魔法少女たちは平然とその様子を眺めている。
……クルボレレだけは顔を青くしているので後で介抱してあげよう。
「そのまま食べずに解体して食べやすくしてる?」
「それどころか火まで起こし始めたわよ」
そのうち、小型の魔獣はイノシシを雑ではあるが解体し、火を起こして焼き始めた。
聞いてはいたが、まるで人だ。猟師が山で獲物を仕留めそのうちの一匹をお昼ご飯にしているかのような光景。
ただし、今はそんな光景は世界中どこを探しても見つけることは出来ない。山へ猟に出るなど死ぬことと同義の現代において、そんなことをする人も出来る人もいなくなってしまったのだから。
「っ?!なに、今の」
「ドローンが何者かに破壊されたところです。これで、今回の映像は終わりになります。ドローンの回収をしたいところですが、場所は山を越えた向こう側というのもあり、難しいものがあります」
有り得ないことだらけの映像に身の毛をよだらせていると唐突に映像が途絶える。思わず雛森さんに聞けば、ここでドローンが何者かに破壊されたらしい。
このドローンが回収できればどうやって破壊されたのかも調査出来るが、この映像自体がかなりの遠方を捉えたものらしく、いくら魔法少女言えど探し出すにはかなりの危険と労力を要することになりそうだ。
回収は難しいと考えるのが普通だろう。
「映像には二足歩行をし、魔法を行使し、獲物を解体し、火を使って調理をする様子が確認出来ました。あまり考えたくはありませんが、この魔獣を人間型の魔獣と想定して明日中に本格的な調査を開始します。これは緊急を要するものです」
「【ノーブル】の連中がいたっては考えられない?」
「その可能性もあります。なんにせよ、ドローンが破壊されたことも踏まえて複数いることが考えられます。この調査を緊急任務と位置付け、早急な調査と解決を最優先します」
【ノーブル】の活動の可能性はルビーの言う通りあるだろう。街の外、森の中に基地を作るような連中だ。魔獣を相手に狩りを行っていてもおかしくはないだろうが、映像に映っていた小型魔獣は衣服のようなものを身に着けていなかった。
いくらなんでもやつらでも服くらいは着るだろう。文明的な暮らしはやつらだってしているだろう、いくら何でも。
「よって、今ここに『未確認魔獣調査任務』を発令します。各自、準備に当たってください」
雛森さんの指示に、私たちはそれぞれ返事を返し、ひとまずのところはここでお開きになった。
明日は明朝から街の外での調査活動になる。かなりの長丁場になるかもしれない。




