お袋とウチと親父候補
終始和やかなムードで、って感じでお袋と翔也さんの初デートwithウチはお喋りもそれなりに盛り上がりながら本物のフレンチを楽しみつつ進んでいた。
お袋はずっとニコニコしてるし、翔也さんも緊張してたっていう割には余裕の表情でウチとゲームの話をしたりする。
ウチも、少なくともウチ自身が把握する中ではマナーとかでポカをすることなく、翔也さんともフレンドリーに接することができた。
意外だったのは翔也さんが休みの日とかちょっと手が空いた時間はゲームをしてるってことだ。
元々大企業の社長をしてるってだけあって、仕事は朝から晩までひっきりなしにあるみたいで、休みらしい休みもないのが当たり前らしいんだけど、そんな中でも少しだけ生まれた合間の休みなんかは専らゲームをやりこんでるらしい。
「その辺は世代、ってやつなんだろうね。俺の頃はもう携帯ゲーム機を持ってて当たり前の時代だったからさ。子供の頃は親父の目を盗んではゲームをやってたかな」
「へー、意外だな。見た目はがり勉って感じだけど」
「社内ではこれでもお調子者で通ってるのさ。オンオフの切り替えはしっかりしないとやってられないってのもあるね」
なるほどなぁ。オンオフの切り替えがハッキリしてるのはウチら魔法少女にも通じる部分だと思う。
常に気を張ってるのは疲れるし、結局効率が悪いんだよな。今日はここまでって区切りをつけてメリハリをつけてやると、精神的にも身体的にもかなり楽になるし、何より集中できる。
社長って仕事がどのくらい大変で、どんな仕事をするのかはウチには想像も出来ないけど、社長だって遊びの時間は必要ってわけだ。
翔也さんの場合は、その遊びがゲームってだけで。まぁ、確かに歳を考えると翔也さんは普通にゲームで遊んだ世代だよな。
「私よりアオとの方が気が合うんじゃないの?」
「いえいえ、俺がお付き合いしたいのは雫さんですよ?」
「お袋、娘に嫉妬すんなよ」
「冗談よ冗談」
ウチが翔也さんと話し込んでると、冗談だとはわかってるけど定期的に試すような爆弾をぶち込んでくるお袋にヒヤヒヤする。
そういうところで翔也さんの器量的なの測ってるのかも知んねぇけど、ウチにまで流れ弾当てるのは勘弁してほしい。
コース料理もいよいよ終盤、後はデザートと食後のお茶が出て来ようってとこまで来て、ウチのスマホが鳴る。
都合上、ウチらのスマホは学校にいてもバイブレーションは最低限でも鳴るようになってる。
学校には家庭の事情ってことで話が通ってるけど、実際は違う。魔法少女の活動に関して、魔法庁からの連絡があった時のためだ。
勿論、本気で関係のない連絡や電話だったりすることも多々あるからまずは着信相手を確認するために画面を覗くと、残念だが関係のない連絡ではないらしい。
「わりぃお袋」
「そう、分かったわ。頑張って」
「うん。翔也さん本気で悪い。急用が出来た。帰って来れたら帰ってくるけど、もしかしたら無理かも。飯美味かったよ、あとお袋頼むわ」
「えっ、あぁ、わかった」
お袋とは言葉短く、翔也さんには頭を下げて、途中で退席することを謝る。本当ならこんなところで抜けたくないけど、そうもいかない。
魔法庁からの呼び出しってことは、魔獣の出現か、その兆候か。ともかく何かあったってことだ。ウチは魔法少女。これを無視する訳にはいかない。
他の連中もそうだろうしな。ったく、何もこんな夜のうちに面倒を起こさないで欲しいってもんだぜ。
緊急で何かあったことだけは把握したっぽい翔也さんが驚いた表情をしながらウチのことをせめて入り口までと送り出してくれる。
それに片手で答えながら、ウチはホテルの入り口を飛び出す。
「『激流変身』!!」
近場の物陰に飛び込んで、持ってきてた変身アイテムのバックルが付いたベルトをワンピースドレスの上から巻いて魔力を込めて腹の底から声を出す。
「つしゃあ!!激流の魔法少女アズール!!潰して呑んでぶっ壊す!!」
魔法少女の姿に変身したウチは、アスファルトを思いっきり蹴って、一気に冬の夜の暗い景色の中に飛び込んでいった。




