お袋とウチと親父候補
田所のおっさんの運転でやって来たのはこの前諸星のパーティーをやったホテルだ。
昼間の雰囲気とは違い、夜になるとムーディーっていうのか大人な雰囲気が際立っていて浮足立っていた気持ちが更に逸る。
「村上様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
「ありがとう」
車から降りるとすかさずやって来たボーイがお辞儀をしてお袋とウチの案内を始める。
ホテルのフロアに入ると外観でも分かった高級ホテルという印象がこれでもかというくらいにヒシヒシと伝わってくる。
実はこの前のパーティーの警護の時は魔法少女に変身して、外から屋上に入ったから中に入るのはこれが初めてなんだよな。
天井には大きなシャンデリアみたいなのがぶら下がってるし、床は大理石ってやつだと思う。ぴかぴかに光ってて、でも敷かれてる絨毯はふかふか。
あちこちに飾ってある花瓶だとか絵だとかも何でも高そうに見えるし、実際高いんだろうなと思うと、自然と背筋がピンっと伸びる。
千草たちは、こういう世界の中で当たり前に過ごしてるんだなって思うと、あいつらが急にすごいやつらに思えてくる。
「お客様をお連れしました」
「ありがとう」
「ごゆっくりとお楽しみくださいませ」
完全に周囲の雰囲気に飲まれて、ビビりながら先頭を歩くボーイとお袋の後ろをくっ付いて行きホテルのエントランスからレストランの方へと案内をされる。
そのレストランの奥まった席、一番景色の良さそうなところに一人だけポツンと座っていた。
「こんばんは。今日はわざわざありがとうございます」
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
ウチらがやって来たと気付くと席から立ちあがって挨拶をしたメガネのイケメンは私が想像してたお袋の彼氏候補よりも断然若かった。
下手すると、ウチの方が歳が近いんじゃねえかこれ?見たところ二十代半ばってところで、ちょうどウチとお袋の中間の年齢くらいだと思う。
如何にもインテリって感じのシルバーの眼鏡とビシッと決まったスーツに艶々の革靴。バリバリ仕事が出来るクール系の高身長イケメンってのが、ウチが感じた初対面の印象だった。
「こら、挨拶くらいはしなさい」
「ひゃ、初めまして……」
呑気にインテリ眼鏡の顔を眺めているとお袋に挨拶をしろと言われて、声を裏返させながら喋って恥ずかしくて一気に尻すぼみになっていく。
恥ずかしい。緊張してるのがバレバレだし、インテリ眼鏡も目を丸くした後に笑っている。
馬鹿にした感じじゃなくて、微笑ましいって感じで見られてるのが尚のこと恥ずかしさを増加させる。
「今日は随分お淑やかね」
「う、うるせぇ!!」
ウチのこの体たらくを当然見てたお袋はケラケラと笑っているけど、こっちはそれどころじゃない。
朱莉にドレス姿が見られた時よりも顔に熱が集まってるのを感じる。いっそ殺してもらうか、穴があったら入りたいというくらいの気分だ。
自分がこんな風になるとも思ってなかったし、なったことも少ねえから対処法も分からん。
視線をキョロキョロさせてもじもじしながらどうすればいいのか悩んでいると、インテリ眼鏡の方から助け船が出された。
「可愛らしい娘さんですね。立っているのもなんですし、まずは座りましょうか」
「そうですね」
話を逸らしてもらってホッと息をつきながら、インテリ眼鏡がさりげなく引いた椅子に座って、熱くなった顔をぱたぱたと手で仰ぐ。こんなのじゃ意味もないのはわかってるけど、少しでもいいから赤みが引いてほしい一心で手を動かす。
ちっとも涼しくなりやしない。
「普段はわんぱくどころか乱暴なくらいなのに、すっかり大人しくなっちゃって」
「慣れないところに連れて来てしまったせいで緊張させてしまったようですね」
大人二人に冷静な状況判断をされて、自分がやっぱり子供なんだと経験値の差を如実に感じつつ、お袋とその彼氏候補のインテリ眼鏡プラスおまけのウチでの夕食が始まった。




