秘密
どうぞ、と小さくて白い、白魚のような指から温められたミルクの入ったマグカップを手渡される。
火照る顔を誤魔化しながら、何とか受け取った私はそれを一口飲んで、ようやくほうっとため息と共に肩の力を抜くことができた。
「悪いな、色々面倒見てもらって」
「いえ、いつもは先生に見てもらってますから。こういう時に恩返しをしないと」
諸星の三姉妹に連れてこられたラウンジで、ようやく落ち着いた私はホットミルクの入ったマグカップをテーブルに置き、ソファーに身体を預けながら、同じようにホットミルクを淹れたマグカップを手に対面のソファーへと腰掛ける少女を見る。
相変わらず、人形のような可愛らしさだ。愛おしさで言えば、自分の子供である碧の方が勿論上だが、可愛らしいという点において、諸星 真白という少女は群を抜いていると思う。
マグカップにふぅふぅと息を吹き入れて冷ます動作ですら、まるで美麗なアニメーションを見ているかのようだ。
綺麗な赤くウェーブのかかった髪を小さなおさげにして、瞳は青みがかったグレー。
最近はそばかすが目立ち始めて、コンプレックスになり始めているというその顔立ちでさえ、愛嬌の一つ。
人見知りで、姉役の千草の後ろをぴょこぴょこと妹役の墨亜と一緒にくっ付いて回っているのも、周囲から愛される要因の一つだろうな。
「……どうかしました?」
「あー、いや、なんでもない」
ちびちびとホットミルクを口にする真白の姿を何気なくじっと見つめていると、その視線に気づいた彼女に首を傾げられる。
その動作すら小動物的可愛らしさだ。可愛いは罪であり、正義とはよく言ったものだ。
ウチのとこの三姉妹は揃いも揃って生意気に育ったからなぁ。光先輩の娘たちだってのに擦れてないのが不思議だ。千草は少しあれだけど。
「先ほどは愚兄が失礼しました」
「んんっ、いや、良いよ。その、悪い気はしないしさ」
墨亜を連れ、墨亜用のホットミルクと、おそらくカフェオレ辺りを自分用に淹れたらしい千草が真白の隣のソファーに座りながら声をかけてくる。墨亜は私の隣のソファーだ。
こっちもホットミルクを飲むのに一生懸命にふぅふぅと息を吹き込んでいる。
それを横目に見ながら、軽い咳払いと共に本音を明かした。
「そうですか。それならよかった、というのが正しいのかは何とも言えませんが。何分、猪突猛進というか、即断即決といいますか。あぁいうタイプな人間なので」
「上に立つなら持ってないとまずいスキルだろ。うちの碧もそうだけど、嗅覚が優れてるってのは武器だ。それだけで中にはのし上がるやつだっている。それに、さっきも言ったがあそこまで清々しいとかえって好印象だよ。何度も言うようだけど悪い気はしないんだ。色々考えることは山積みだけどな」
私の言葉を聞いて、千草がもう一度頭を下げるけど、私は少しその反応に困って隠すようにホットミルクにもう一度口を付ける。
ほんのり甘いミルクに舌鼓を打ちながら、私は翔也といったか。あの青年の言葉を思い返していた。
熱烈なラブコールだったな、と改めて思う。あそこまで異性に求められたのはハッキリ言うと初めてだ。
大学時代に出会った、最初のいわゆる初恋は私からのアタックというか、実家を飛び出して自力で全てどうにかしなきゃいけない大変さに目を回していた頃に、ちょっと優しくされて舞い上がったというか、結局のところ私は箱庭で育てられた、世間知らずの小娘だったことを嫌というほど現実に突き付けて来た出来事だったと思う。
お金を自分で稼ぎながら、大学で勉強して、一人暮らしというのは、身の回りのことを使用人にしてもらうことが多かった箱入りのお嬢様には想像以上に大変だった。
そんな中親切に、今思うと下心しかなかった輩だと分かるけど、一人の男が私に手を貸してくれた。
金銭面はどうにかなっていたが、とにかく家事や世間一般の庶民の常識が無かった私に色々教えてくれたその男にあれよあれよと惚れ込んだ私は、碧を身ごもり、そして逃げられた。
本当に今思うと、あの男は恐らく私の身体と私が持っているお金を狙っていたんだろうなと思う。度々同棲をしようとしつこく迫られていたし、人目を盗んでは何かごそごそとしている気配もあった。




