諸星家主催のパーティーにて
ただまぁ、運が悪いのかその後ろは壁である。光さんと口論紛いの事を元々していたとあって、壁際にいたのが雫さんの運の尽きだったのかも知れない。
「それに、そんなクソ男がいたのだとしたら、きっと貴女もお子さんも大丈夫そうに振舞っていてもきっとどこかで傷ついている筈だ。俺がその傷を治せるとは言いません。でも、これ以上あなた達を傷つけさせないと誓います。ありとあらゆる外敵からあなた達を守ります。どうか、考えてはいただけませんか?」
「うっ……」
壁際まであっという間に追い詰められた雫さんは、また翔也さんに手を取られて抱き寄せられてから、甘い言葉を囁かれ続ける。
おぉぉ、イケメンが言うと、諸星が言うとその言葉にも間違えようのない裏付けがあるから破壊力すっごいね。
確かに、諸星の力があれば、殆どの外敵なんて跳ね除けられるだろう。
あの調子だと雫さんのために国と戦争まで始めそうだ。どういう状況下かは知らないけど。
拉致されたときとか?
まぁ、その場合は碧がブチギレると思うんだけど。
「……すみません。性急過ぎました。改めて言いますがこんな感情自体が初めてで上手く制御出来ないのです。今すぐ、貴女を攫ってここから飛び出して行きたい。そんな感覚なんです」
「あ、あう……」
明らかにテンパっている雫さんのことなどつゆ知らずなのか、本人の言う通り余裕がないのか。
胸の内は翔也さん本人にしか分からないことだけれど、真っ赤になっている雫さんを抱きしめていた手を離して胸ポケットから何か、おそらくは名刺とペンを取り出すと壁を机代わりにさらさらと何かを書いている。
その間、大変なのは雫さんだ。なにせ背中は壁、正面は自分を口説き落とそうとしているイケメン。
そのイケメンが何かメモを取るために自分を壁の間に挟めているのだ。何というかもう色々と近い。
顔も近いし、もうほぼ密着しているようなものだ。何というか見ているこっちまで雫さんの声にならない悲鳴が聞こえてくる。
「個人的な連絡先です。パーティーが終わった後で構いません。是非ご連絡ください」
「は、はい……」
やがて書き終えたのか、ペンをポケットに戻すと雫さんから一歩離れてメモした物を雫さんの手を取ってそっと持たせる。
放心状態の雫さんはとりあえず何とか受け取っているという感じだ。
それを見て、翔也さんはフッと笑うとメモを持たせた手の甲にキスを落としてから、ではまた後でと告げてから颯爽と立ち去って行った。
イケメン御曹司には気障なセリフもサマになる。真白、覚えました。
「はぁぁぁぁぁぁ……。うおあああぁぁぁ……」
その後ろ姿を見送っていた雫さんが腰が抜けたように壁を背にしてずるずると床まで座り込むと、深いため息の後に頭を抱えだす。
顔は真っ赤なままだ。
「堕ちたわね」
「我が息子ながら、見事な手管ね……」
感心する光さんと翔也さんのお母さんの言葉に、千草と墨亜、私も黙ってうなずく。
あれは堕ちるわ。全力の好きを真正面からぶつけられると人間ああなるんだなぁ。
……あれ、もしかしてこれがとんとん拍子に進むと私達と碧ちゃんは親戚ということになるのかな?
おっとこれはややこしいことになりそう。
「というか、ウチの魔法少女ってお嬢様多くない?」
「私も思った。しかも全部諸星の家系だぞ」
思わず、うわぁという声が出る。前例がない魔法少女達じゃないだろうか。
魔法少女としても私達は悪くない実力だと言われているみたいだし、それが家柄まで強いとなると何というかもう怖いものがないと思う。
「雫先生と翔也お兄ちゃん、結婚するの?」
「あの感じだと、翔也兄さんが押し切りそうだなぁ」
「碧ちゃんには言う?」
「いや、部外者は一先ず黙っておこう。全部終わってから考えた方が、お互いのためだろ」
色々とデリケートな問題が続出だ。碧ちゃんもこれから大変になりそうだけど、上手くいくと良いな。
とりあえず、ヘロヘロになってる雫さんを回収しようか。ラウンジに連れて行けばいいかな。
あそこならゆっくり休憩出来るしね。
「へっくしょん!!」
「ちょっと、くしゃみするくらいなら早くプレハブの中入って来なさいよ」
「わーったよ。頭も冷えたしな」
屋上で苛立つ頭を冷やしてると、唐突にくしゃみが出てずすずすと鼻をすする。
朱莉の小言の言う通り、プレハブの中に戻った方が良さそうだな。
しっかし、くしゃみなんてしばらく出なかったんだけどな。もし誰か噂してんなら噂の主はこの下にいる3人だな。後で文句言ってやろう。
「……?」
「碧ちゃーん、あったかいスープ出来ましたよー」
「あぁ、今行くわ」
そんなことを思ってたら、ふと山の向こうが気になった。なんだ?気のせいか?
サッと単眼鏡を取り出して、気になった山の方を観察するけどやっぱり何もない。
いつも通り、鬱蒼とした森が広がってるだけだ。何もないことを確認して、ウチは紫が用意したスープを飲みにプレハブに戻る。
その山のずっと向こうで、何かが蠢くのには気付きようがなかった。




