親たちの懇親会
「すみません、お待たせいたしました」
ガチャリと、美弥子が開けた戸をくぐりながら私は応接間の中へと入る。普段はお客が来ない限りは中々使わない部屋だが、使用人たちの日頃の手入れで以前見た時と些かの変化も無い。
「遅いですよ、光先輩」
「仕事が忙しかったのよ。それと、久しぶりね雫。学生の時以来かしら?」
応接間に入るや否や、飛んで来たのは学生時代に可愛がった後輩の不貞腐れた声だった。
そちらに視線を向けると、心底嫌そうな顔をしながら紅茶を飲む雫の姿だ。
少々ずぼらな服装や髪型とは裏腹にその姿勢やお茶のマナーが身についている教養の良さがあちこちににじみ出ている。
「雫、貴女、諸星家の方と知り合いだったの?!」
「小学生の頃から貴女と付き合いがあるけど、そんな事初耳なんだけど?」
「あー、その辺りの詳しい話は後で説明っすっから。今はまず親同士の初顔合わせをしっかりやろうぜ」
幼馴染二人に言い寄られて、めんどくさそうに顔を顰める。大変ね、家を飛び出した元お嬢様も事情が複雑で。
そう、何を隠そう魔法少女アズール、村上 碧ちゃんの母親の村上 雫の実家は新興コンツェルンとして、諸星の後に続いた日本の大企業。その家系に生まれた、正真正銘のお嬢様なのだ。
それが、高校卒業と同時にマナーや決まり事、階級にうるさい上流社会に見限りをつけて家を飛び出し、実家で培った投資のアレコレを駆使しながら大学に通い、そこで見つけた男性と結ばれ、子供を授かるというラブロマンス小説さながらの経歴を持つのが彼女の正体だ。
実家を飛び出してからは、私から彼女に連絡するのは彼女にも迷惑だと思い、避けていたのだけれど、こんなところで再会するなんて嬉しい誤算だ。
「雫の言う通りね。私と雫の関係は後で本人の口から聞いてもらうとして、今回は突然集まってもらってありがとうございます」
「いえいえ、ウチのお転婆娘まで魔法少女としてお呼びいただいたようでして。あ、申し遅れました、私は黄瀬 智弘と申します。こちらは家内の明奈です」
ぺこりと頭を下げるのはこの中で一番年上だろう夫婦だ。黄瀬、ということは魔法少女クルボレレ、舞ちゃんのご両親か。
正直一番来てくれるか不安だった人達が、真っ先に声をかけてくれたのは向こうも仲良くしたいと思っている証明の一つだと思う。
その後口々に自己紹介をして一息つく。朱里さんと直樹ご夫妻に、由香さんと匠ご夫妻。それと雫だ。
玄太郎さんも仕事に区切りがつき次第帰宅するという話だったので、総勢9人にもなる中々の人数だ。
使用人たちには申し訳ないけどもう少し頑張ってもらう。
「今回集まってもらったのは何てことはありません。子供たちが魔法少女という繋がりがある中で、私達親も交流を持ちたいなと思った私の安易な発想です」
「ぜってぇ嘘あいたぁっ?!」
とりあえず雫には拳骨を落して黙らせた。
ゴホンっと咳ばらいをして変な雰囲気になった場をリセットする。少しは空気を読みなさい。
「多少の打算があるのは認めます。ただ、子供たちがこうして仲良くなったのですから、親同士も仲良くやれば、子供たちに何かがあった時に全員で立ち向かえます。もしもがないのが勿論良いです。ですが、魔法少女というのはご存じの通り有事の時に率先して現場に向かう、この世界で今最も危険な仕事の一つです。もしもや何かの際に親の誰かが速やかに対応できるネットワークを、私は手にしておきたい」
そう言って皆さんの表情を窺うと、なるほどと割合肯定的な態度が窺える。特に黄瀬ご夫妻の様子はかなり前のめりだ。
聞いた話だと、舞ちゃんが政府所属の正式な魔法少女として活動をするのに難色を示しているとか。
当然と言えば当然だ。愛娘を命の危険に晒すことなど、簡単に決められる訳がない。
魔法少女の親には親なりの悩みがある。それを簡単には相談できないが、それを相談したり、経験談を聞く機会になればと私は思っている。私としても同じ立場の親として、色々と気軽に話せる場は是非とも欲しいところなのだ。
「ま、それが今回突然お呼びした理由ですが、平たく言えば単純に仲良くなりませんか?という私の提案です。とりあえず、一緒にご夕飯でも」
そう言って机に置いてあったベルを鳴らすと、また応接間の扉が開いて使用人たちがカートを用いて次々と料理やお酒などを持ち込んでくる。
仲良くなるには食事を共にするのが一番。美味しいごはんと美味しいお酒は大人の友達作りの方法の一つでもある。
「わあっ、美味しそうな料理ですね」
「こんなに、良いんですか?」
「勿論です。ウチのシェフ自慢の味を堪能なさってください」
「けっ、金持ちの道楽じゃねぇか」
「こらっ雫!!」
並ぶ料理を見て口々に感嘆や驚きの声を漏らす中、捻くれた雫の口ぶりに朱里さんが叱責を飛ばすけれど、彼女の事情は分かっているつもりだ。
偶然とは言え、こうして来てくれただけでも有難い。
「良いの良いの。雫の事情は知ってるから。さ、ご自由にどうぞ。お飲み物は使用人たちに申し付けていただければご用意します」
こうして、親は親同士での懇親会が子供たちが知らぬところで密かに行われたのだった。




