私と相棒と情熱のエンゲージ
タンっと軽快な音を立てた靴底が地面を蹴る。それに追従するように薔薇の花びらを象った障壁が続々と殺到して来る。
「クソっ!!なんだよそれ!!なんなんだよ!!」
慌てるようにして水の魔法を乱発するけれど、大して魔力も込められていない水魔法は、こちらに届く前に数枚の花弁が盾になりあっという間に霧散する。
その間に、肉薄した私の飛び蹴りがクライスの腹部を襲う。
「ぐああぁぁあっっ?!?!あっちいぃぃっ?!?!なんだこれ?!熱い?!熱いぃぃぃっ?!」
蹴りを入れたと同時に辺りを舞っていた薔薇の花弁を模した障壁が私の脚にまとわりつき、一緒になってクライスにダメージを入れる。蹴られた部分はその周囲も含めて相当に熱いらしい。
熱い熱いと騒ぎながら、クライスは一歩二歩と後ずさりをしながら情けない声を上げている。
大の大人が情けない。それに、今までコイツがしてきたであろうことを考えれば、この程度の攻撃なんてまだまだ序の口、私の怒りはそんなものでは収まらない。
後ずさるクライスに追いすがるように、舞うようにして次々と蹴りを放っていく。流石に多少の戦闘経験なり、戦闘訓練は受けているようで、形ばかりの防御行為をするが、その度に肌を焼かれ、うめき声をあげる。
「ぐうううぅぅぅっ!!いってぇ?!この野郎っ、女の分際でっ、ガキのクセにっ!!俺に盾突くんじゃねぇよ!!」
「くだらないわね。女、子供だからって嫌な事に嫌って言っちゃいけないなんてことは無いし、あなたに従う必要も無いわ。一体、何年前の思考回路よ。もう化石よ?そんな男尊女卑なんて考え方」
くだらない主張。自分こそが偉くて、自分が上に立ってないと納得が出来なくて、その現実を直視出来ずにただ喚き散らすことしか出来ないお猿さん。
男尊女卑、そんな古臭い考え方なんて、もうずいぶん前に廃れた考えだ。今はそんな考えをしようものなら袋叩きに合うし、何より世界情勢がそんなことにかまけている暇はない。
男女関係なく、国も地域も隔たり無く協力をしないと、あっという間に孤立し、物資の供給が断たれ滅ぶことになる。
実際に、そうして過激な発言や思想、他地域への侵略行為をした街から自爆するように滅んだ。
その最後はそれは無残な物だったという。魔獣が襲ってきても、抵抗する力も無く蹂躙されるだけだったという。
「うるせぇ!!うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ!!俺はっ、俺は特別なんだ!!俺こそが特別なんだ!!特別な俺がっ、お前らを支配して何が悪いっ?!」
「……可哀そうな人。少し、同情しそうになるわ」
特別。それにこだわるのは、人として当然だと思う。特別に憧れるのは、子供がヒーローに憧れるような物だ。
ただ、残念ながら、現実の殆どの人間はそんな世界中に認められるほどの特別にはなれない。
名俳優、著名な科学者、トップクラスのスポーツ選手、アーティスト、大企業の社長、名医、そして魔法少女。
そんな特別、になれるのは全体で見てもきっと1%にも満たないようなごく少数の人たちだけ。多くの人達はそんな特別中の特別にはなれないまま生涯を終える。
その特別にすがり、なれもしない特別になろうと必死にもがいているクライスの姿は、なんとも言えない悲壮なものに見える。
「でも、それを他人に押し付けている時点であなたはどうしようもないクズね。自分がなれない特別を作るために、誰かを犠牲にして、誰かを故意に踏み台にして、それを嘲笑うあなたを私は絶対に許さない」
それでも、しそうになるだけだ。私はクライスに同情はしない。こいつのやったことは許されない罪で、止めなくてはいけない悪行だ。
誰かを虐げ、誰かを嘲笑い、誰かを泣かせるこの男を、私は私の信念に賭けて、絶対に許しちゃいけない。
「だまれっ!!特別のお前に何がわかる?!お前がっ、特別の中の特別で、その中でもとびっきりの超特別だなんてことは誰が見たって明らかだろうがよ?!その特別な奴が!!特別じゃない奴の気持ちなんて分かる訳がねぇだろうが!!」
「そうね。分からないわ。誰かを貶めて、虐げて、辱めてまで手に入れる特別なんて、私は絶対に要らないもの」
特別にすがる人間と、特別な人間。確かにクライスの言うことには一理ある。
私は、特別側の人間だと、私自身が理解している。恵まれている、自分でもそう思う。
それでも、それでもだ。世界を飛び回り、たくさんの人を救って来た医療人として。
魔獣と戦い、この街を守る魔法少女として、私はあなたを理解するつもりはない。




