私と相棒と情熱のエンゲージ
遠くに行っていた意識がぼんやりとだけど冴えていく。身体に特に痛みは感じない、彼女の言っていた通り、傷は何とかしてくれたのか。それとも痛覚が麻痺しているだけか、何にせよまずは深い眠りについていたかのように重い頭と体を起き上がらせることから始めなくてはならない。
「ぐっ……!!」
「いい加減諦めろよバケモノ君。お前の相方はどうせ助からねぇって、その力は俺が大事に大事に使ってやるからよぉ」
そばでパッシオが苦悶の声を上げているのが聞こえてくる。続けざまに地面に何かが激突する音が聞こえる。
冷たい液体のような物が指先に飛んで来た感触から察するに、水だろうか。
「ふざけるな……っ!!お前みたいな奴に何一つ渡す物はないっ!!それにその魔力はっ、何処で手に入れた!!それはお前の魔力じゃない!!」
「およ?もしかしてお知り合いの魔力?そいつは悪いねぇ、文字通り頂いちまったよ。便利だぜぇ?この力。上手く使えば生かすも殺すも自由自在って感じが最高だよなぁ?」
けらけらと笑うクライスに対して、パッシオは何やらいつも以上に興奮した様子だ。
クライスが魔法を使っているのだとしたら、Slot Absorberを使っていることはほぼ間違いないんだろうけど、それから放たれている魔力がパッシオの知り合い、ということだろうか。
話とパッシオの反応からして、多分そんな感じが気がするが……。
「その魔法はそんな事の為に使う魔法じゃない!!」
「知るかよバーカ。どうせ死んでるやつの魔力、どう俺が扱おうと勝手だろ?そんなわけだ、お前も、死にかけのお前の相方のも、全部俺に寄越せ。それで俺は、もっともっと特別になれる……」
激昂するパッシオに変わらずクライスは小馬鹿にした態度で対応する。
あまりよくない。普段、パッシオはもっと冷静だ。熱くなりすぎていると妖精はどうか分からないけど、少なくとも人は視野も考え方も狭まる。
もし、押されている状況なら、尚の事冷静に対処しなければならない。
「ま、お前がどんなに喚いたところでどうせお前らは全滅だよ。何なら街ごと潰して、隠れの魔法少女も全員炙り出すか。こっちもアジト一つ潰されたし、お相子だろ?」
ドラゴン相手にガキ一人と魔獣一匹じゃ瞬殺だろ、とクライスは鼻で笑う。
どうだか。冷静でさえいれば、ルビーは普通に強い。それにリオ君もいる。もしかするともしかしてしまう可能性すら、私は信じている。
そうやって、自分が圧倒的優位に立っていて、常に安全圏から石を投げているような小心者に、本当の分析能力なんてあるとは思えない。
大体、ドラゴンであれば残りの魔法少女で十分に対処できる。委員長がいても、それは変わらないだろう。私が苦戦したのは、無傷で捕えようとしたことと、あの時は防御用の障壁を周辺に殆ど残していなかった、私の判断ミス。
実力差自体はかなり開いていることは認知していた。甘いのだ、見積もりが。
だから、足元を掬われる。
「とりあえず、死ねよバケモノ。俺の為に。【やれ】」
2人分の魔力が高まるのを感じる。恐らく委員長の魔力とクライスが扱っている魔力。二人がかりでパッシオを倒すつもりらしいが、そうはいかない。
放たれた魔法がこちらに届くよりも早く、障壁を展開する。ガリガリと障壁の表面を削る音は聞こえるけれど、こちらに届く気配は無い。
その間に、身体をのっそりと起こし、立ち上がる。……お腹の周りが血でべとべとで気持ち悪い。でも、傷はふさがっている。彼女が言っていた通り、傷はどうにかしてくれたらしい。
きっと、そう簡単に出来ることではない筈。彼女には無茶をさせたのではないかと逡巡するけど、やると言ったのはあちら。今回は好意に甘えるとしよう。
「アリウム?!大丈夫なのかい!?」
「えぇ、何とか。ちょっと夢見てたけどね。というか、パッシオ。貴方の方が傷だらけじゃない。ちょっとこっち来なさい、治してあげるから」
「そ、それよりも君の方が……」
「私は大丈夫。良いからこっちに来る」
私の怪我は既に完治している。見た目が血だらけで、魔法少女の衣装の腹部がぽっかりと穴が開いてるだけだ。これ、変身しなおしたらちゃんと治るよね?
おどおどとしているパッシオの首を掴んでこちらに引き寄せて、応急処置だけど治療をしていく。
全身にある傷口から魔力が漏れ出している。魔力は妖精にとって栄養であって酸素であって血液だ。こんなに傷だらけにしていたら弱っていくだけ。せめて表面の傷だけでも塞がないと。




