市街地討伐戦
あまりの光景に、思わず障壁を解除する。
あのまま障壁を貼り続けていれば、委員長は身体が引き千切れるのも無視して、こちらに向かって来ていただろう。
そして、先程の命令とやらが、私達に向けられたものではなく、彼女1人に向けられていたものだと理解した。
死んでも殺し合え。
つまり、彼女の怪我の有無も生死も問わずに、肉体が動く限りは戦え、そういう命令を彼女に出したのだ。
「あなた、どこまで……っ!?」
「イイねぇ、イイねぇ!!澄ました顔が憎しみで醜く歪むその顔!!そういう顔が見たかったんだよ!!」
激情が思考を埋め尽くし、思わず表情を歪める。それを見て、クライスはパチパチとチンパンジーかゴリラみたいな品の無い拍手をして、耳に触る声でゲラゲラと笑う。
「おっと?!オイオイ、ペットの躾はしとけよ」
「しっかりしてるわよ?敵は燃やしなさいってね」
無言でパッシオが飛ばした数発の炎弾を避けて、掠って焦げたローブをパシパシと叩いて汚れを落とす。
一々言い方と態度が癪に触る男。下品で、軽薄なその言動はこちらの怒りをわざと煽っているのかとも考える。
もしこれを自然にやっているなら、人を煽る才能だけは天下一品だと思う。
絶対にいらない才能だけど。
「過激だなぁ。でも、俺にかまけてて良いのかな?」
「っ!!」
だからと言ってクライスに意識を向けている場合ではないことを、当の本人に告げられる。
また巻いているスカーフをパッシオに咥えられて、さっきまで私がいた場所に落ちて来た氷塊を避けた。
「怪我は?」
「あ、ありがとう。大丈夫」
少し距離をおいたところで離されると、私は瓦礫の上にストンと降りてパッシオにお礼を言う。
怪我は無い。気付いていなかったので、あのままいたらぺしゃんこになっていたことだろう。
「委員長……」
その氷塊を落とした主人を見つめて、また声が漏れる。
変わらず、虚ろな表情のまま。焦点の合っていない視線とだらしなく開いた口は、見れば見る程痛々しく思える。
ただし、その攻撃は先程よりもずっと苛烈だった。
「ーーわっ?!」
「アリウム?!」
突然、足場にしていた瓦礫が崩れる。よく見ればその下から氷の槍が、まるでタケノコのように伸びて来ていた。
空中に放り出されて、咄嗟に障壁の小さな足場を作って体勢を整える。
「ぐうぅっ!?」
間髪入れずに氷の針が幾つも飛んで来て、その何本かが、私の左腕に刺さる。
堪らず呻き声が漏れて、最小限に作った障壁から足を踏み外した。
幸い、落下自体は柔らかくした障壁をクッションにして免れたけど、左腕に刺さった氷の針の対処が先。
治癒魔法を使いながら刺さった氷の針を抜き、止血と治療を同時に行う。治癒魔法さまさまだ。
普通に治療しようものなら、これだけで大手術になっていた。
「このっ……!!!!」
それを見ていたパッシオが頭に血を上らせて、全身に炎を纏わせながら委員長に突撃する。
氷の魔法はパッシオの炎に溶かされてまるで効果が無い。
そのまま、委員長に飛びかかったパッシオは変わらず炎を纏わせたままで、辺りには肉を焦がす嫌な臭いが立ち込める。
そして、身体が大きくなり、それに合わせて人を噛み殺すには十分なくらいに鋭くなった牙を委員長に突き立てようとして。
「ダメッ!!パッシオっ!!」
「ーーっ!!」
痛みを堪えて叫んだ私の大声で、すんでのところで止まる。
炎の勢いが少し落ち着くのも見てホッとしたのも束の間、再び氷塊を落として自分ごとパッシオを押し潰そうとして来た。
委員長の腕を咥えて投げ捨てたパッシオもまた、大きく氷塊を避けて、私の元へと戻って来る。
「……ごめん」
「いいよ。ありがとう」
激昂して委員長を噛み殺しかけたパッシオが、シュンと耳を下げて謝って来るけど、その行動自体は責められない。
私が油断したのが一番の原因だし、相手が相手だから、今回は止めただけ。
これがクライスならそのまま噛み殺してもらってる事だろう。