これから戦う者達へ
そいつは、突然やって来た。
暑い暑い、夏の始まりの季節。具体的に言うと7月の頭。梅雨も明け、ぴーかん照りの日差しと、近くで喋っている人の声も聞こえなくなりそうなくらいのセミの声。無駄にデカい入道雲。
如何にも夏って感じの、だからと言って初夏に本気を出すんじゃねぇなんてついつい思ってしまう、そんな夏の日の、真昼間。
「やぁ、ちょっとお話を聞いてもらっても良いかな?」
リスの様な、猫のような、イタチのような。何とも言い難い、小動物が、我が家の網戸をそろそろと開けて、こちらへ喋りかけて来たのだった。
「……この暑さでとうとう頭がやられたか?病院に行くことも検討した方が良さそうだな」
俺は、あまり声に出して言う程じゃないが、一応は真っ当な社会人だ。……無職が社会人かと言われればまぁ微妙だが。それでも特にトラブルも抱えていない、ごく普通の一般人であると自負している。
そんな俺の前に、喋る小動物が現れたとしたら、そいつはまず間違いなく幻覚か何かだ。わざわざこの平日の昼間、クソ暑い中こんな悪戯をするような友達は生憎持っていない。
「待って待って?!冗談でも幻覚でもないよ!!僕は実在しているよ!!リアルだって!!」
「いや、小動物は喋らんだろう」
至極真っ当な意見だと思う。だが、会話が出来ている時点で、こちらの頭も冴えて来る。
幻覚であるならもっと支離滅裂な会話になるだろうし、悪戯にしては手が込み過ぎている。逆にここで騙されてやった方が、相手も喜んでくれるだろうが。
先述の通り、俺の友人にわざわざこんな悪戯をするような友人はいない。
だとするならば、この小動物が喋ると言うのは現実なのだろう。そうだと仮定する。
仮に夢であったのなら、それはそれだ。
変な夢だったな、それで終わる話である。
「それはごもっともなご意見だけどね。僕は生憎、君が知っている小動物とはかけ離れた存在だ。そうだね、周囲からは妖精、なんて呼称されているよ」
「まぁ、普通の小動物は喋らんしな。で?その妖精さんとやらが、そろそろアラサーに差し掛かろうかと言うおじさんに何の用だよ」
「アラサーって僕の調べでは君、まだ26歳じゃないか。それに、君のその容姿は正直高校生でも余裕で通るよ。おっと、話題が反れてしまったね。そんな君に、僕が何の用事があるのか、だよね。勿論答えようとも」
そんな自称妖精の物言いに、と言うかその発言内容にちょっと俺はムッとしてしまう。
確かに俺は男にしては珍しい、童顔系の顔をしている。正直に言って、たまに飲むお酒を買う度に年齢確認をされるほどには。
分かってる、分かってるさ。俺は確かに童顔だ、スーツを着れば学校の制服に早変わりし、大人っぽい服装をしようものなら、ちょっと背伸びをしている高校生か大学1~2年生にしか見えない。
だからって、そんなストレートに言わなくて良いじゃないか。おかげで女性には可愛がられるが、まるで恋愛の対象に見てもらった試しがないのである。年齢=彼女いない歴、勿論童貞である。
なにが悲しくて、別に顔が悪いわけでは無いのに彼女のいない悲しい人生を送らなきゃならないんだ。
しかも男には女子にちやほやされるからと、一部の連中には露骨に目の敵にされて来た。
おかげで同性の友達よりも、異性の友達の方が多かった始末。
いや、まぁ、正直男友達といるより、女子と一緒にお菓子作ったり、甘い物食べに行ったり、買い物したりした方が楽しいのは事実だが、あんまりである。
どこで人生を間違えたんだ、俺は。
「あー、ゴメン。何やら君がえらく気にしている部分に触れてしまったようだね。その件については後で愚痴でも何でも聞くよ。ともかく、僕の話を聞いてもらっても良いかな?」
「いや、こっちもスマン。最近、あまり上手く行ってなくてな。妙にネガティブになってしまった」
ついついはなしが脱線してしまう。目の前のこの自称妖精が、なんの理由で俺の目の前に現れたのか、そこを聞かなければならないのだ。
愚痴は、まぁ後で聞いてもらうとしよう。
「で?話を脱線させてばかりで申し訳ないが、俺になんの用なんだ?」
「なに、簡単な話だよ」
そう言うと、自称妖精は今までいた窓辺からテテテっと軽快にこちらの下までやって来て、見上げながら。
「君、魔法少女をやらないかい?」