市街地討伐戦
ギリギリだった。あとコンマの数秒でも遅れていたら直撃を受けていた可能性があった。
魔獣の中でも幻想種、あるいはキメラ種と呼ばれる竜、ドラゴン特有の攻撃であるブレスは咥内に凝縮した魔力を前方に放出する竜種を竜種たらしめる一番有名な攻撃であり、必殺技と言えるだろう。
かのS級魔獣『天幻魔竜 バハムート』のブレスは、小さな都市一つをその一撃だけで滅ぼしたと言われるほどに強力だ。
あの目の前のワニのようなドラゴンがA級最高クラスの魔獣だとしても、数発も放てば住宅街は壊滅してしまうだろう。
それほどまでに強力無比。他の追随を許さないそれを、何とか凌ぎ切った。
「……驚いた。不意打ちのドラゴンブレスをほぼ無傷で、損害も最小に抑えるとはね」
ぱちぱちと手を叩いて、クライスは私がブレスをさばき切ったその手腕を称賛する。
理屈としては単純だ。さっき男性を逃がした時に使った滑り台の逆で。上から下におろすのではなく、下から上に障壁でブレスを上に受け流し、空のかなたに打ち上げさせた。
たったそれだけの事。
もちろん、現実はそんな簡単なことじゃない。濃縮された魔力に耐えうる障壁を作るには、無数に漂わせている障壁のリソースをすべて注ぎ込んだし、それでも足りずに魔力の半分を削られた障壁の追加に注ぎ込んでどうにかこうにかして防ぎ切った。
真正面からまともに受けていたら、間違いなく一瞬で破られていた。そうでなくても余波で身体ごと吹き飛ばされたのだから、その威力は形容しがたい。
「アリウムっ?!」
「大丈夫!!自分のことを気にして!!」
ルビーも同じように吹き飛ばされていて、咄嗟にリオ君がルビーを抱え込んだようだ。少しダメージを受けたように思えるリオ君がフルフルと身体を振りながら立ち上がっている姿が確認できる。
「怪我はないね?」
「ありがとうパッシオ。助かったわ」
私たちの方もパッシオが同じようにして庇ってくれたので、私に大きなダメージは無い。パッシオには少し擦り傷がみられるけど、本人は気にすることなく、クライスとワニに近い形状をしたドラゴンを睨みつけている。
「なるほど、人とそれ以外のタッグチームという訳だ。特別尽くしで羨ましい限りだ。……その特別、俺らにも分けるべきだと思わないか?」
「何を言って……」
「あぁ、分からなくていい。お前らは黙って、奪われろ。女は、男に従っていればそれで良い。それが自然だろ?コイツみたいに、なぁ?」
一体、何が言いたいのか。よく理解もする間も無い内にクライスは今度は突然苛立たし気に口調を荒げると、誰かを招くように手を挙げる。
「後ろだっ」
「っ!!」
パッシオの小さな指示にノールックで障壁を展開。ガリガリと障壁を削る音だけが辺りに響き渡る。
きらきらと飛び散るそれは氷の槍の破片だ。氷柱というには大きすぎるそれは明らかに人を害するためだけに形作られていると分かる。
それらが飛んできた背後、そちらに視線を向けた時、決して戦いのさなかには動揺しないように努めているつもりでも、どうしようもなく心がぐらついた。
「委員、長……っ!!」
あの時と変わらぬ虚ろな目。編み込んだ銀髪に金の瞳、浅黒い肌。中華風の衣装に身を包み、身体の端々に黒い紋様を浮かばせた彼女の姿に、怒りとも悲しみとも激情とも言い難い感情が溢れてくる。
「さぁ、ここから本番だ。言っておくが俺は手を出さない。最高のショーを見せてくれよな。もちろん、最高の結末で」
不気味な、歪んだ笑みを浮かべるクライスの姿と言葉に、許し難い感情を向けながらも、私は彼女と相対することになった。