市街地討伐戦
削るような音を立てながら、ルビーの剣と魔獣の爪が火花を散らして交差する。
鍔迫り合わず、受け流す形で巨大な爪の猛攻を凌いだところに入れ替わるようにして、爪に炎を纏ったリオ君が飛び掛かる。
その間に、柔らかい腹部に潜り込もうとルビーが試みるが、魔獣の腹下が元々低いこともあって中々上手くいかない。
私もその補助になるように幾つもの障壁を魔獣の身体に纏わりつかせたり、足を地面ごと障壁で囲ってみたりと色々試みているのだけど、魔獣の凄まじい膂力ですぐに引きはがされてしまう。
パッシオの炎や、尻尾による拘束や鞭のようにしならせて放つ殴打も劇的な効果が見込めていない。
殴打が一番効いている感じはするけれど、魔獣の体表にある堅い甲殻を砕くまでには至っていない。
爪や剣による攻撃も表面に傷こそつけるものの、ダメージになるような攻撃ではハッキリ言って無い。
魔獣が鈍重なことと、二人と二匹がかりで抑え込んでいるからこの場に繋ぎとめていられるようなものであって、私たちとこの魔獣の相性は正直なところ悪い、と言える。
「かったいわねコイツ!!」
「がうっ」
こちらに戻ってきたルビーたちが文句を言うくらいには高い防御力だ。言うなれば鈍重だが高い防御力と攻撃力を持つパワーファイターがあの魔獣。
さっきから腹下や足元から障壁を上に突き出してやろうかと試みているんだけど、相手が重すぎて持ち上がらないし、逆に障壁が踏みつぶされたりしている。
辺りにある障壁のリソースを全部注ぎ込めば、ひっくり返すことくらいは出来るだろうけど、それをするとこっちの防御がおろそかになる。
あのパワーでもし迫られたらこっちはあっという間にぺしゃんこだ。
あの堅い甲殻を真正面から破壊できるアズールや、甲殻ごと切り捨てるフェイツェイの方が、相性だけで言えば良いと思うのが、率直な意見だ。
「まだやれる?!」
「ナメないでよ。まだまだいけるわ」
ただ、同時に負ける要素も無い。
あの魔獣の攻撃はどれも遅いし、予想も直線的で容易い。こちらはスピードとテクニックに富んだペアが二組。
捕まるようなヘマさえしなければ、そして体力さえあれば、まだまだ戦える。
「だらっしゃぁ!!」
「ガオォ!!」
幸い、ルビーもリオ君も体力的には余裕があるし、私もパッシオも魔力残量に不安は無い。
他の魔法少女達の増援さえ来れば、そう難しくないだろうというのが、私たちの見解だった。
「ウィスティーさんが来られれば良かったんだけど……」
「いない人に言っても仕方が無いよ。あちらはあちらで忙しいのは、百も承知ってやつだろう?」
もし、破絶の魔法少女 ウィスティーさんがいればこのくらいの魔獣なんてすぐに倒せたのかも知れないけど、残念ながら彼女は先日から海外の魔獣討伐の任務に引っ張り出されてしまった。
肝心なところでいない人と思うかもしれないけど、元々世界規模での実力者。この街だけを守っているだけのスケールの人ではない以上、必要なところに必要な人材として呼ばれてしまうのは文句を言ってもしょうがない。
そんな彼女に、私たちが街の守護を託されているのだから、それこそ期待に応えて私たちがしっかり成熟していかなきゃいけないことだろう。
「ふぅん。なるほど、倒しきれるわけじゃないけど、倒されるほど弱くないってことか。聞いてた話よりはレベルは上って事だね」
「っ?!誰!?」
膠着状態が続く中、集中力を途切れないようにしていた私たちから少し離れた場所。
一部が倒壊してしまった住宅の屋根の端に腰かけていたその人物は、よっととこの場にそぐわない軽い掛け声と共に、地面に降り立つとぱさぱさと着ているローブの埃を払って身なりを整えてから、わざとらしい一礼をした。
「そのローブ。あなた……!!」
「ご明察。シャドウのやつはつまらないから名乗りの一つもしなかったみたいだけど、俺が代わりにシャドウと俺、そして俺たちについて名乗ろう」
愉快そうに肩を揺らしながら、その男は喋り始める。
口元しか見えないローブ姿も相まって、少し不気味だ。ただし、そのローブには見覚えがありすぎる。
あの男も、あのアジトで出会った戦闘員と思わしき荒くれ者たちも全員付けていたそれだ。
「今まで君たちにちょっかいを出していたのはシャドウってやつさ。で、俺がクライスって名前。で、俺たち全体のことは【ノーブル】そう呼んでくれよ。花びらの魔法少女」
シャドウに、クライス。そして【ノーブル】。クライスと名乗ったその男はそう言って、また愉快そうに肩を揺らして笑っていた。
【ノーブル】。意味は高潔とか崇高なとか、そういう感じに近い。一体何が高潔で崇高なのか、小一時間問いたいところではあるけれど、数少ない【ノーブル】という情報を提供してくれたことには一応感謝することにしよう。
「それと、俺からプレゼントが二つある。一つは、君たちが取り返したくて仕方が無いモノ。それと……」
「アリウムっ!!今すぐ障壁張って!!」
クライスの視線が魔獣へと移る。その視線の先には、焦りを浮かばせたルビーの姿と咥内に魔力を貯める魔獣の姿。
咥内に、魔力……っ?!
「――とびっきりの一撃だ。これで消し飛んでくれると、ちょっとはやりやすいんだけどな」
「竜種っ……?!」
「アリウムっ!!」
気付いたその瞬間、その凝縮された魔力が私達へ向けて放たれた。