満ち欠けた日常
アリーナの駐車場で待機していたらしい田所さんの操る高級車に乗り込んだ私達は、窓の外の景色が過ぎ去っていく光景を横目に見ながら、静かに走り出した車内の好きな場所に思い思い腰かけていた。
本物の高級車ともなれば、後部座席はまるで小さいながらもホテルのロビーさながらの内装を誇っている。私、千草、墨亜ちゃん、美弥子さん、十三さん、朱莉ちゃん、碧ちゃん、紫ちゃんと8人もの人がゆったりと座っていてすらまだまだスペースがある。美弥子さんと十三さんは奥のスペースに程近い座席に座っている。あの二人の定位置だ。
他の皆は向かい合って座っていて、その中心にはテーブルまである。振動が車内に伝わらないのに私は慣れたけど、初めて乗る人は感動すら覚えるんじゃないかな。
「うっほー、すげぇ!!ウチのベッドよりフカフカだぜ!!」
「あ、碧ちゃん!!ダメだよ乱暴にしちゃ!!」
「そうよ、壊したらとんでもない請求来るわよ」
初めてこの車に乗り込んだらしい碧ちゃんは座った座席のフカフカ具合に大興奮の様子で何回か身体を座席の上で弾ませて遊んでいる。
それを青い顔で止めるように言う紫ちゃんと、肌触りにコッソリ感激してるっぽい朱莉ちゃん。
「にゃー」
「きゅい」
朱莉ちゃんが連れている猫ちゃんと、パッシオも座席の上でコロコロ転がりながらじゃれている。というよりは猫ちゃんにひたすらパッシオがかまわれ続けているっていった方が正しそうだ。
既に抵抗を諦めたのか、されるがままになっているような気がする。
「念には念をと思って、多めに持ち込んで正解でした。お口に合わないかも知れませんが、是非、シェフ自慢のお弁当をお召し上がりください」
十三さんと昼食の準備をしていた美弥子さんが、後部座席よりさらに後ろ。収納のスペースになっている場所から皆の分のお弁当を取り出し配っていく。
その間に、十三さんは飲み物の準備をしていた。既に私や千草用の緑茶。墨亜用の果汁100%のオレンジジュースなどが用意されていて、残りの3つは朱莉ちゃんたちのオーダーによって変えるつもりみたいだ。
「おぉぉぉぉっ!!!!すげぇ!!ご馳走だ!!」
「わぁ……!!」
「スッゴイわね。やっぱ生粋のお金持ちは違うわね……」
蓋を開けるとお弁当の中身は豪華といって差し支えない料理が並んでいた。九つに分けられたスペース、その下段は炊き込みご飯だ。具は今が旬の栗。お弁当ですら手を抜かないのはシェフの皆さんのこだわりだ。
メインは魚、多分鯉のかば焼き。甘辛いタレがご飯を進ませるとても美味しいおかずで、私も好き。昔から鯉は高級食材だというのは意外と知られていなくて、海洋のお魚の入手が難しい今では、美味しく食べられて養殖方法がちゃんとある魚として、最近注目のお魚らしい。
他にも子芋の煮っころがしとか、天ぷら、煮物などなど、主に今日の主役である千草が好みの和食や郷土料理が豊富。
これが墨亜ちゃん向けだとハンバーグやオムレツみたいな洋食に。私がメインだとお餅を使った創作料理が度々出て来る。稀にイギリス料理が出て来るのは、多分私の髪色から、両親のどちらかがイギリス出身だと予想してのことなのかな、とは思う。
「にゃっ」
「あ、こらダメよ。これは私達のお弁当なんだから」
その美味しそうなお弁当の匂いに釣られて、猫ちゃんがテーブルにぴょんっと飛び乗ってしまった。
慌てて朱莉ちゃんが降ろそうとするけど、猫ちゃんもお腹が空いているのかイヤイヤと朱莉ちゃんの手から逃れようとしている。
「ふふっ、リオ君でしたよね?パッシオ様用のお弁当がありますから、こちらへどうぞ」
「みゃ~~」
「きゅい!!きゅい!!」
だがしかしそこは抜け目の無い諸星家使用人。しっかりパッシオ用のペット向けお弁当が用意されていて、リオ君というらしい猫ちゃんとパッシオを呼ぶとリオ君もパッシオもそちらに向けて一直線に駆けて行った。食い意地張ってるなぁ。
「さて、色々話すこともあるだろうけどまずは食べるとしよう。食べながらでも終わってからでも、話は出来るからな」
「ま、そっちの話は大体予想付くけどね。ちょうど今日渡そうと思ってた物もあったし、都合が良いわ」
「かたっ苦しいことはどうでも良いって!!どうせ、そいつがアリウムだろ。ウチとしては知り合いに似てんなー位にしか思わねぇし」
「あ、碧ちゃん、一応お話にも順序があるから……!!」
碧ちゃんのぶっちゃけに全員が苦笑しながら、思わぬ賑やかさで車内での昼食はスタートした。