満ち欠けた日常
【――……。――ろ】
声がする。私を呼ぶ、誰かの声。とても懐かしさを感じるその声は、ただただ私を優しく包みこむように温かい声音を投げかけて来る。
【―しろ。真白。起きなさい】
「んー、なぁに?」
遂には身体を揺らされ、耳元で割と大きめの声で起こされる。まだ眠いよ。
寝ぼけた頭で最後の抵抗として、掛け布団を手探りで探す。やがて何かを掴み、それを引き寄せようとするが、逆に手を取られて身体を起こされてしまった。
【あんまり寝てちゃだめよ?偶然、今回はこうして起こしてあげられるけど、いつも出来るとは限らないんだから】
「ねむいぃ~」
身体を起こされてなお、頑なに目を開けない私に、その誰かは困ったように溜息を吐いているのが聞こえてくる。
そんなのお構いなしに、私はその人の胸元でまた寝息を立てようとするけど、そうはさせないと顔を両手で包まれて、無理矢理覚醒を促される。
【相変わらずの甘えん坊ね。こんな調子でご迷惑を掛けてないか、心配だわ】
なんのことだろう?と寝ぼけた頭に疑問がよぎる。迷惑は…、うん掛けてるけどうんと掛けているんだけど、それを口にする人はいないし、むしろ世話を焼かせてくれないと困るって言われているからされるがままに甘えることにしているわけで。
そんなことを言われたのは久々だ。まるで――。
「……お母さん?」
ようやく目を開けたと同時に思わずこぼれ出た言葉。
微睡みながら薄ぼんやりとした視界に映ったのはそれはそれは満面の笑みの美弥子さんの姿だった。
「……?」
「おはようございます真白様。少々残念ではありますが、お母様ではございませんよ」
「ククク……っ、寝ぼけ過ぎだぞ。そろそろ昼だから起きておけ」
起きた私の頬と、少し汗をかいて乱れていた前髪を美弥子さんが優しく触りながら、隣から笑い声を耐えている千草の声も聞こえてくる。
そこまで来て、やっと状況を把握した私は恥ずかしくなってもう一度美弥子さんの胸の中に顔を埋めた。
は、恥ずかしい……。美弥子さんをお母さんと間違えた奴だこれ……!!
「真白様。美弥子には昼食の準備がございますので、少々失礼いたしますね」
「やーだー!!千草のバカ―!!」
「何故か矛先が私に向いたな」
笑ったじゃん!!笑ったじゃん!!全然違う人の事を母親と間違えることすら恥ずかしいのに、それをまた別の誰かに聞かれていたとか、黒歴史以外の何物でもない。
その挙句笑われたとなったらもう私のガラスの心はバキバキである。後でピーマン口に突っ込むからな!!覚悟しといてよね!!!!
心の中で猛抗議をしながら、十三さんに美弥子さんから優しく引きはがされ、ゆっくり床に降ろされると、迷わず千草にタックルを敢行する。くぅ、全くダメージにもなってないのが腹立つ!!コケろ!!
「……あの子がアリウム?なんか普段とキャラ違くない?」
「あっちが素なのかも知れませんよ。もしかしたら言動に変化が及ぶのかも知れません」
「とりあえず飯食おうぜ。腹減ったよ」
そんな事をやってると、聞き覚えのある声が近づいてきた。ギギギ、と錆びた機械のようにゆっくりと振り向くと、朱莉ちゃん、碧ちゃん、紫ちゃんの三人が並んで、それぞれ反応を見せていた。
因みに、墨亜ちゃんは足元でパッシオと何故かこの場にいる猫がじゃれているのをめちゃくちゃ楽しそうに眺めている。パッシオ、変な事したら分かってるよな?
凍てつくような視線でパッシオを射抜いておくと、その視線に気づいたパッシオはピシリと固まり、墨亜ちゃんとのボディタッチが少なくなるように動きを変えた。よろしい。
「さて、寝坊助も起きたことだし、移動するか。ウチの車を使おう。あの中なら、少し込み入った話も出来るしな」
「そうですね。自己紹介も必要ですし」
「私からも少し報告とか、相談とか質問とかあるし」
「めちゃくちゃあるじゃねぇか。少しは絞っておけよ」
移動も決まり、他の三人もそれを了承したことで本格的に移動も始まる。
私は千草の陰に隠れながら、他の三人の様子をコソコソ窺いつつ。どうにもならなくなっているこの状況にひたすら祈るくらいしか出来なかった。




