獣を追って
幸いなことにこの傷に治癒魔法は効果を発揮した。それだけにはホッと肩を撫でおろし、後は治療が終わるのを待つばかりだ。
「エスト!!」
そこにやって来たのはブラザーメモリーによって脱出したブレーダーメモリーだ。殆ど無理矢理振り解くようにして空中から身を翻して着地した彼はまっすぐエストラガルの前まで歩みを進めると、迷いなくその顔にグーパンチを叩きこんで見せたのだ。
「僕が何故こんなに怒っているのか分からないとは言わせないぞエスト」
「……しかし、アレがあの時は最善の答えでした」
「最適と最善は違う。何より、これ以上僕の大切なモノを失わせてくれるな。……もう、近しい人を喪うのは御免だ」
少々荒っぽいやり方だとは思う。でもまあ、アレが男の子のやり方なのだろう。それに、私も同じことをパッシオにされたらビンタの1つはお見舞いすると思う。
近しい人を喪うなんて、出来るだけ無い方がいいのはその通りだから。
あの二人のことは一旦二人だけで話し合ってもらおう。部外者の私に出来ることは無いしね。
「アリウムさん」
ちょうど同じタイミングでアメティアからも声がかかって来る。私はブレーダーメモリーとエストラガルから視線を外して、地面に横たわっているベンデの方へと足を進めた。
「霧の方は?」
「その場に留まっています。操作者が意識を失った事で増えることも動くことも無さそうです。一応、監視はしてもらっています」
最初に気になったのは『汚染』の権能で広がり続けていた黒い霧のことだ。残念ながら、消えることは無かったけど増えたりどこかに流されて行く様子も無い。
完全にその場で滞留しているような状態だ。『汚染』の権能の行使者であったベンデが意識を失ったことで消えることを期待したけど、そうは上手くはいかなかったわね。
それでも拡大することもどこかにいくことも無いのならまだ安心できる。あとは自然消滅してくれるか、何らかの方法で除去するかを考えないとね。
監視をシルトメモリー、ブラザーメモリー、ノワールの三人に任せて、私は痛々しい継ぎ接ぎだらけの身体を横たわらせているベンデの近くに膝をついて、その状態について出来るだけ確認をしていた。
「どうするんですか? 倒した方が良いと思いますけど」
「基本方針はそうなるわね。ただ、生け捕り出来たのなら情報を吐かせるって手段もあるわ。それが出来れば、だけど」
トドメを刺さず、ベンデの状態を確認する私達にメイトメモリーは不思議に思ったようで、純粋な疑問を投げかけて来る。
こういうところは案外子供っぽいのよね、なんて頭の片隅で思いながら、私達の意図を教えるとなるほど、と感心していた。
情報はいつだって大事だ。こうして捕虜を得られたのなら、そこから情報を得るのはいつの時代の戦いでも起こっていたことだと思う。
問題はベンデがそれが出来る状態にあるかどうか、だ。
何せこの継ぎ接ぎの身体。持ち上げるだけで四肢がもげてしまいそうな気配すらあるそれは『獣の王』との繋がりを失って、急速に弱っているようだった。
過剰に注がれた力。それに耐えきれなくてバラバラに千切れてしまいそうだった肉体。それを無理矢理繋ぎ止めていた回復能力。
常に全身を焼くような痛みがベンデを襲い続けていただろう。それに精神が耐えられるかも疑問。
何とかして生かす手段は無いか。生かして情報を吐き出させるのが道徳や倫理的にどうなのかは一旦置いておいて、意識の無い怪我人に何もしないというのも私のポリシーに反する。
「敵でも助けるんですね」
「当たり前よ。失って良い命なんて敵にも味方にも無いわ。敵だからって言って見捨てるのは人として最低の行為よ。覚えておきなさい」
ルミナスにとってもこの光景は思うところはあるんでしょうね。何せ、ベンデは『獣の王』の直接の配下。
私達とは明確な敵で、今までの経験から天地がひっくり返ってもそれが揺らぐことは無いように思えるでしょう。
でもね、だからこそ見捨てるのは最低最悪の行為だってことは頭の中に叩きこんでおいてほしい。
それをしたら、人は人じゃなくなる。獣よりももっと下劣な、悪魔と同じよ。




