満ち欠けた日常
翌日、諸星家の車に揺られながら、私たちは地域の学校の剣道部と剣道を教える道場の人達で行う合同練習の会場へと向かっていた。
場所は街でも特に大きなアリーナで行うとか。まぁ、この辺りの剣道関係者を一気に中に収めるとなると、そのくらいの大きさになるのは仕方がないのだろう。
「良いですか真白様。気分が悪くなったら、必ず私か墨亜様、近くにいる郡女の関係者に伝えてくださいね。必ずですよ」
「うん、わかった」
向かい合って座る美弥子さんに、何度目かもわからないお願いをされ、その度に返事をするのだけど、美弥子さんはずっとそわそわしている。
あんまり見た目では分からないんだけどね。諸星のお屋敷では一緒にいることが多いからか、少しの変化も目につくようになって来た。
「千草お姉ちゃんが剣道やってるの見るの、墨亜も初めて〜。楽しみ〜」
「そうなんだ。一緒に見ようね」
「うん!!」
隣に座っている墨亜ちゃんがニコニコしながら、スモークガラスの向こうの街の景色を眺めており、こちらも自然と笑みがこぼれる。
昨日、急遽新田先生にも来てもらい始まった話し合いは、とりあえず私の意見を尊重する方向でまとまった。
経過良好である以上、本人が勇気を出して一歩踏み出そうとしているのは、悪い事では無いそうだ。
ただし、いきなり一人でではなく、信頼出来る人物を数人、視線を遮ったりボディーガードの役割をしたり、私の体調の変化をすぐ察知出来る人物が同行する事が条件だった。
「奥様も大層来たがっておりましたが、お仕事が溜まっておりますからな。千草様のご勇姿もご覧になりたがっておりましたし、残念でございます」
「うん……。十三さんもわざわざありがとうね」
「いえいえ。この爺、お嬢様方を守れるとあれば喜んで飛んで行きますぞ」
はっはっはっと声をあげて笑う十三さんはそのボディーガードの役割を買って出てくれた。
普段玄太郎さんの仕事を手伝っている中で、わざわざ私の為に時間を割いてもらうのは申し訳なかったけど、十三さんはその見た目に反して物凄く強くて頼りになる。
見た目は顔にしわも出てるし、色の抜けた白髪のお爺ちゃんなんだけど、その体捌きは今まで見たことが無いくらい鋭った。
剣道で強い強いと褒められていた千草ですら、十三さんとの打ち合い稽古では良いように遊ばれていることが殆どだ。
そんな人がボディガード役を買って出てくれたことは本当に心強くて安心できる。
「人としての真っ当な心を鍛える武道の道で、良からぬことをする輩がいるとは思いたくありませんが、残念ながら多くの人が集まるとそういう輩が一定数いてしまうこともまた事実。真白様と墨亜様を守るためなら、爺は全力を尽くしましょうぞ。ですので、ご安心ください」
「うん、ありがとう。頑張るね」
「ほほほ、頑張らなくて良いのですよ。出来ることをしましょう。出来ないことを無理してやるのは毒でございますから」
「……うん」
十三さんにやんわりと釘を刺されて、私はゆっくりと頷く。
無理はしない。少しでもダメだと思ったら皆に言ってすぐ帰る。これだけ色々してもらっているのだから、心配をかける様な事をすることの方がしてはいけないことだ。
「じぃじ、美弥子さんの事もちゃんと守ってね」
「あら?」
「おやおや、爺としたことが失念しておりました。お任せください、勿論お守りいたしますよ。爺の大事な家族ですので」
そうやって十三さんと喋っていると墨亜も口を開いて、その内容で美弥子さんと十三さんをポカンとさせた。
その後、優しい表情を浮かべると、美弥子さんは少々照れ臭そうに、十三さんはにっこり笑って頷いていた。
「じぃじカッコいいー!!」
「はっはっはっ。光栄ですねぇ」
「そろそろ着きますよ。ご準備をお願いします」
やがて運転手の田所さんにそろそろ会場に着くことを告げられ、私達は降りる準備を始めるのだった。
読者皆様方からとフォロワーからの集中砲火により、あっという間に目標RT数に行きました、えぇ、地獄への片道切符です
地獄への観覧席は2019/9/8の21:30から、作者Twitterにて、ツイキャスライブ開始を告知致しますので、暇な人は地獄をお楽しみ下さい
……数の暴力とはこの事である(白目