満ち欠けた日常
思っていた通り、教室に入って来た子は剣道部に所属しているようで、高等部に入ってからも熱心に千草のことを勧誘していた子の一人らしい。
「中等部の時はともかく、高等部になってからは顔すら出してないし、行っても迷惑になると思うんだが」
「何言ってるんですか!!千草さんを知らない郡女の剣道関係者はいませんよ!!どっちかと言えば意地でも連れて来てくれって言われたくらいです!!合同練習を企画してる道場の方からも、是非って言われてるんですよ!!」
そう力説されて、千草は更に頭を抱えていた。部活だけならともかく、外部の人達にまで是非来てくれと言われ、「行きません」と即決で断れる豪胆な人間も少ないだろう。
そもそも中等部まではその合同練習とやらには参加していた前例もある以上、断りにくい部分も出てしまっている。
やがて、千草は諦めた様に分かったと言うと、剣道部の子は目を輝かせてぴょんぴょん喜ぶ。
嬉しいのは分かるけど、短くしたスカートで飛び跳ねるのは止めようか。パンツ見えてるよ。
「はしたないぞ。郡女の女子生徒ならお淑やかに、だろう」
「千草が言う?あいたっ?!」
お淑やかなんて千草にこそ似合わないと思うんだけど、と思ったままの事を口にしたら拳骨を落された。お淑やかにしなきゃいけないんじゃないんですかー?ぶー。
私が不服そうにむくれている横で手をぱんぱんと払っている千草はただし、と剣道部の女の子に追加の条件を提示した。
「参加するのは合同練習だけだ。それ以外の普段の部活動は、私は参加しないからな」
「いえいえ!!合同練習に参加していただけるだけでもたいっへんありがたいです!!男性にも引けを取らない実力の千草さんの剣道を間近で見れるだけでものっすごい勉強になるんで!!」
「そんな強いんだ」
鼻息荒く来てくれるだけでもありがたいと語る彼女に、痛む頭を押さえながら、思わず質問する。
確かに千草の魔法少女としての武装、魔法具は日本刀の形状をしている。
ただ、それを扱うのに適しているのは剣道ではなく剣術だ。スポーツと武術には明確にそれを分断する壁がある。
少々極端ではあるが、それは相手取る敵を殺す術であるか否かだ。
剣道、柔道、合気道などなど。どれもこれも元々は武術であったために、当然だが使い方によっては相手を害することも出来るし、護身や体の使い方を学ぶことが出来るだろう。ただしそれはあくまでルール化されたスポーツの範囲内でしかない。
対して武術。こちらは率直に戦うための手段。身を守るのでもない、ルールなんてない。
敵を倒す、もっと言えば殺すための術。
スポーツ化されたものはルール上、急所を狙うことは基本的にNG。反則や処罰を受ける対象になる。
武術はその逆、急所を如何に突くか、それに尽きる。人間で言うなら、目、鼻、喉、胸などを狙い、敵を確実に戦闘不能に陥れる。
魔法少女に求められるのはこちらだ。似て非なるものなのに、千草がやたらに強いと言われても、少し違うような気がしてピンと来ない。
「千草さんは何と言うか気迫が違うんです!!有段者の男性だって、千草さんの気迫に圧倒されるくらいなんですよ」
「あぁ、成る程。確かに千草怖いもんね~」
ピンと来たわ。確かに怖いもん千草。
「真白」
「冗談だって」
そんな怒らないでよ。怖い顔をして睨む千草の気を誤魔化すために抱き着いてすりすりしておく。
最近分かったのだが千草は甘えられると弱い。ふっ、ちょろいぜ。
ともかく、確かに魔法少女としてガチの命のやり取りをしている千草と、ただスポーツとして剣道を嗜んでる人では気迫が全く違うのは明白だと思う。
庭でじゃれてる犬と、山で暮らす熊ではそりゃ迫力がまるで違うでしょ?
「……なんか変な事考えてるだろ」
「えー、考えてないよ~。千草ぁ~」
おっと、顔に出ていたらしい。取り繕いながら千草にすりすりでれでれ。
その内聞き出すのを諦めた千草に撫でられたので私としても満足である。
「……真白、結構悪女になりそうだよなぁ」
「あのままなら可愛いと思うよ~。あのままなら~」
外野に回っていた二人から何やら言われているがあー、聞こえない聞こえない。
千草~、もっと撫でろ~。