決意と覚悟
ここまで乗りつけていたSUVに乗り、少し離れたところで待機していた中で起きた変化はすぐにわかった。
『人滅獣忌』が封印された姿である岩の様子は見えない所にいる。いるが、それでも何かが起こった事だけは分かる。
「……凄まじいな」
「逃げても良いのよ? 別にこれを前にして逃げの一手を取ることは恥じゃないわ」
「冗談言うな。そんなことをしたら真白にボコボコにされる」
そっちの方が俺にとっては恐ろしい。アイツがブチギレたら、本当に容赦なく顔面ボコボコになるまで殴られる可能性がある。そのくらいの責任を背負ってここに来ているからな。
どれだけ今、感じている異常な魔力と気配が恐ろしくても、逃げたらもっと恐ろしい姉が待っている以上、弟の俺に選択肢など無いのだ。
弟にとって、実の姉ほど恐ろしい存在もそう無いのだから。これは世の姉持ち弟の共通意見である。
「私は逃げますよ。というか、増援を呼びます」
「本当になるとは思ってなかったか?」
「そりゃ勿論。半信半疑どころか9割無いと思ってましたよ。生存バイアスって言うのはこういうことを言うんですかね」
ちょっと違うが、カテーナの判断もまた正しい。普通、あれだけ強固な封印がこんなあっさり破られるなんて誰が予想出来るのか。魔法少女が人間界に現れて既に10数年経っているが、『封絶の魔法少女 アリストロメリア』を超える封印魔法の使い手は未だに現れていないのだ。
俺は逸話しか聞いたことが無いが彼女の封印魔法は凄まじく、ありとあらゆるモノを封印し、敵の行動を一方的に封印することが可能だったと言う。
脚色が無いとは言わないが、当時の魔法の発展具合を考慮すればオーパーツのようなものだろう。
流石は未だに歴代でも最強だと名高い10人の魔法少女の1人だ。
その封印を破る存在がいるなんて、それを間近に見続けて来た『封印監視室』の魔法少女からすればあり得ないと思い込むのも仕方がない。
俺達はそれを否定しないし、それは当然の認識なんだ。
ショルシエなんて言う、全ての黒幕のバケモノがいるなんて誰が思うか。
「頼んだわ。念のためにマギサとドンナにも連絡してくれると助かるわ」
未だ現役のファースト世代のS級魔法少女。『巨人の魔法少女 マギサ』と『雷鳴の魔法少女 ドンナ』。
勿論だが、この2人も変わらず最強の一角。相変わらず世界中を飛び回っているウィスティーに比べれば、後進の育成に注力こそしているが実力は変わらずどころか、その魔法は更にその精度を増している、らしい。
何にせよ、心強い増援だろう。ただし、あまりにも距離がある。あの2人も忙しい身だからな。まず容易く連絡がつくかどうか、というのもある。
「ご武運を」
「ありがとう」
カテーナから見れば俺達は捨て石だ。大局で勝つためにあえて封印を解き、『人滅獣忌』の行き先の誘導や削りなどを担当していると思われているハズだ。
ま、それ自体は間違っていない。俺達のやろうとしていることはズバリそれなのだが、カテーナは俺達が死ぬことはほぼ確定的だと見ているだろう。
死ぬ確率が無いわけじゃない。一歩間違えれば当たり前のように地面に首が転がることになってもおかしくない。
「アテがあって来てるんでしょ?」
「一応な。アンタが来てくれたこともだいぶラッキーだ」
「こんなの1人に任せられないわよ。……ファースト世代が残した仕事よ。本当なら私がケリをつけなきゃいけないものだからね」
カテーナを見送り、覚悟を決める。俺たちにとって、ここが決戦だ。
これをミスれば人間界も滅茶苦茶になる。
「作戦は?」
「殺さない程度に痛め付ける。それでヤツを妖精界に逃亡させる」
「成る程、生存本能を利用するのね? 確かに『人滅獣忌』も警戒心と逃げ足は凄かった記憶があるわ」
「あぁ、『獣の王』も同じだ。高いダメージを受ければ、絶対に逃亡する。妖精界への穴が開いてる以上、奴が逃げるのなら妖精界にいる無傷の自分自身のところだ」
そうすれば、ショルシエを完全に滅するチャンスが格段に増える。
だから、俺たちは今ここで『人滅獣忌』を討伐しない。
というより、出来ん。火力が足りないからな。ただダメージを与えて、敗走させることは出来るハズだ。




