女王
「真白様。お時間です」
そうやって雑談をしていると準備をしていた美弥子さんから声がかけられた。いよいよか、と大きく息を吐く。
相変わらず心臓はバクバクだ。でも、ここで怖じ気づくわけにもいかない。やると言ったからにはやる。逃げるなんて論外だ。
「来たか。頑張れよ」
「真白ちゃんなら大丈夫。いつも通りだよ」
2人からも激励を受け、私は席を立つ。いつもよりも豪奢なドレスと、前女王である母から受け継いだ冠は私の魔力を受けて、いつも通り煌びやかに豪奢なティアラの形を取っている。
『摂理を弾く倫理の盾』もある。正真正銘、王家を継ぐのに万全な装備で人々の眼前に出ることは、ここに住む人たちにとって何を意味するのかはすぐに伝わるだろう。
それでも、言葉にして伝えなければならない。表明しなければならない。裏方でいることは許されない立場になる。
私の言動の一つ一つ。一挙手一投足に私の王としての器が試されるわけだ。
ミスはそのまま人々の不安に繋がる。だから、絶対に失敗できない。これはこれから始まるショルシエと帝国との戦いの決起集会でもあるのだから。
「よしっ、行こう」
気合を入れて、部屋を出た私は宣誓をするために特別に準備されたテラスへと足を向けた。
時間にすれば5分もかからない距離だ。それだっていうのに物凄く長い道のりに感じる。緊張が止むことは無い。でも、集中は出来ているのは自分でもよく分かった。
テラスへ出ると眼前にはいつも通り広がる王都サンティエの街並み。先日のショルシエの所業により、暴走した妖精達によって再び破壊されてしまった街並みは痛々しい姿を残したままではあるけれど、また力強く復興を始めているのが見える。
そして、眼下にいつも以上の密度で集まっているのが、この街に住む。いや、恐らくは近隣の街や村からも足を延ばしてくれた人々もいるだろう。
密集しているとは言え、明らかにいつもより人の数が多い。人間界では見られない、多種多様な種族の人々が集まっている様子は異様とも壮観とも言えるだろう。
その中に、妖精が誰一人としていないこともその異様さを引き立てていると言ってもいい。
本当にパッシオは私のために、妖精を出来る限り集め、私たちから物理的に距離を取ったことがよく分かる光景でもあった。
「お集りの皆様、お待たせいたしました」
それを一通り見渡してから、私は用意されたマイクを通して、ミルディース王国に住む人々に語り掛けた。
「まずは、突然のことでありながらこうして多くの方に集まっていただき、感謝します。こうしたちょっとしたことでも、前女王であり私の母でもあるプリムラ女王の統治が如何に素晴らしく、皆様に慕われていたことを肌で実感できます」
娘である私が突然姿を現したというのに、当たり前のように受け入れ慕ってくれていることはここに来てからずっと感じていることだ。
なんて優しい人達なのだろうと何度も感動した。それもこれも前女王の母の統治が、今までの歴代の王が素晴らしい国政を続けていたからこそに違いない。
「私は怨敵であるショルシエを追い、母が生まれ育ったこの地にやって来ました。遠い地で自分が王族だという事は知ってはいましたが、王としての教育を受けていない私にはこの国を治めるのは分不相応であると考えていたことは皆様も知るところであると思います」
だからこそ、私がこの国を続けて統治するのは間違っていると思っていた。私は血筋がそうなだけであって、王としての教育を一切受けていない。
王は作るものであって、血筋だけで決まるものじゃないというのが持論だ。王は王としての教育を受けて、初めてそうなれる。
最初から王の器の人なんていない。それに特化した人を教育で人為的に作って、ようやく王として相応しくなる。
だから、私は王じゃない。ただ、一度滅んだ国の王族の血を引いているだけの一般人。そういうスタンスをずっと続けて来た。
「しかし、そうしている間に『災厄の魔女』は再びその毒牙を伸ばして来ました。妖精族の暴走は皆様の記憶にも新しい出来事であるでしょう」
だけどそうやって手をこまねいている間に最悪の事態は起きてしまった。防げたかどうかはともかく、私が王族として率先して動いていれば、察知出来たか対策を打つことは出来たかもしれない。
何より、王が不在であることにより初動の対処が遅れ、被害が拡大したのは言うまでもない。
これは私の責任だ。無責任に他者に丸投げしようとした、私が招いたと言っても過言ではない。