最終準備
「どこまでが本当なのかしらね」
「わかりません。ただ、ずっと昔にミルディース王国の王子の1人が小国の女性に恋をして、王族としての地位も名前もお金も何もかもを捨てる条件で結婚したそうです」
地位も名前もお金も、ってことは恐らく記録すらからも消されているのだろう。全てを捨てるというのはそういう事だ。
王族としての責務は何も王だけにあるわけじゃない。他の兄弟にも当然、様々な王族としての仕事と責務はある。
外交を中心に、政治に関わる事、他にも細かな部分はあるだろうけど、勿論特権もある。それらを全て捨てる。
それは無責任とも言えるし、相当な覚悟だとも言える。
見方次第だと思う。どちらの側面も持ったもので、人によって答えは変わるだろう。
「そうして私の一族は小国で細々と生活していたらしいです。時には王族の偽者扱いされて大変な目にあったことこあるって聞いてます。そのせいで貧乏暮らしだったって」
「成程ねぇ」
噓か真か。わからないけど、どこからか話を聞きつけたのかなんなのかショルシエか帝国がピリアを見つけて、保護ないし捕まえたってところなのかしらね。
「貴女、親は?」
「居ませんよ。5年前くらいに大規模な盗賊団に襲われて、村ごと焼かれました。3大国は平和そのものですが、小国は地域や時期によっては治安が悪いんです」
それは、そうでしょうね。と冷静に思う。
世の常として、大国の平和とその周辺の小国の治安は反比例することが多いと言ってもそう間違った認識でも無いだろう。
3大国が小国を搾取してたわけではないだろう。単純にそこまで手が回らないのだ。庇護下にあるとはいえど、具体的には国土では無い。
何より個別に領主がいるのだ。過度な干渉は様々な火種を呼びかねない。
千年単位で昔に発生した大国の干渉によって、現代まで続く争いごとに発展したケースは人間界では山ほどある。
妖精界でもそういうことはあるわけだ。さしずめ、妖精界のバルカン半島やパレスチナといったところか。
ちょっとした刺激で火種は火柱になる。情勢も治安も安定しない地域だろう。
「そう。大変だったのね」
「えぇ、まぁ。人並みには苦労したと思います」
同時にひとつの懸念も出て来た。そういう不安定な地域の出身ということは、だ。
非常に不躾で、ナイーブな問いかけになる。人によってはプライドを傷つけられたと感じて激昂する場合もあるだろうけど、ここは怯まずに聞く他無い。
彼女を知ることでショルシエが何をしていたのか、何をしようとしていたのか。知ることが出来る。
その情報は何よりも代え難いのだ。
「学校は?」
「行けると思います? そもそも村には無いですよ。もっと大きな街に行けばありましたけど」
そうよね。学校なんて、治安が安定しててお金が稼げる地域にしかないものだ。
そうでないところでは子供も貴重な労働力。目先のお金にならない勉強より、畑仕事をしろというのが当たり前だ。
でも、だとするなら。1つの懸念が脳裏に過る。大きなお世話かも知れないし、杞憂かもしれないが確認だけはしておこうと思った。
「じゃあミルディースが滅んでることは知ってる?」
「バカにしないでください。それくらい知っています」
「じゃあ、誰が滅ぼしたかは?」
「え? あー、帝国ですよね?」
思わず、溜め息が出た。一般人としては最もショルシエに近い立場にいた子がこの答えだ。嫌な予感がほぼほぼ当たってしまったと言って良いだろう。
事情を何も知らない人達ならともかく、深く事情を知っている人達であればあるほど、この問いには帝国ではなく、『災厄の魔女』あるいはショルシエと答えるハズだ。
帝国の侵攻は、ショルシエが旧王国の研究室に潜り込んでクーデターを成功させた後だ。
私の母、女王プリムラを襲撃。ここで女王を殺す予定だったようだけど、殺害ではなく転移魔法の暴発というカタチで結果的に女王を失う形になったミルディース王国。
その混乱に乗じて乗り込んで来たのが帝国だ。
この正しい出来事をどれだけの人の間で共有出来ているかは不明だが、世間では王国は帝国に滅ぼされたとされている。
しかし、それぞれの中枢にいた人達は違う。正しい認識をして、敵の総大将はショルシエだとしている。
ではピリアはどうだ?
彼女は明らかにショルシエの近い。見方によっては側近や懐刀と呼ばれる近さがあるのにこの認識。
これが示すことは一つ。かつてのシャドウ。今の真広にも使われた手口。
「操り人形、か……」
与える情報をわざと絞り、自己判断能力を低下させ、洗脳状態にしてしまう。
現代でもよく使われる。最悪な方法の一つに私は思わず額に手をやり、項垂れた。