最終準備
スクィー君と呼ばれていた小動物の遺体はピリアが意識を失った後、これ以上腐敗などの損壊が進まないように要ちゃんに頼んで冷凍する形にしてもらっていた。
極力、綺麗に安らかに見えるように配慮したつもりだ。カラカラと音を立てて進む台車の上に横たわる姿は丸まって眠っているようにも見える。
「スクィー君、なんで……」
「……ごめんなさい」
ショックを受けている昴にピリアは顔を伏せ、ただただ謝罪の言葉を口にすることしか出来ていなかった。
事情を知らない私には黙ることくらいしか出来ない。わかることと言えば、この2人。特にピリアにとってこのスクィー君という存在は大事なものだったことだけは伝わって来る。
「私を、庇って……」
「庇って? 何から? 誰から?」
「……ショルシエよ」
やっぱり、そうか。ぽつりぽつりと語られていくピリアの身に何が起きたのかが口にされて行く。
スクィー君はどうやら、ショルシエからの攻撃を受けたピリアを庇い、その小さな体を盾にしたようだ。
この小さな勇者に心からの賛辞を贈りたいと思う。この子は自分の飼い主、或いは友人を身を挺して守ったのだ。
しかしそれは同時に深い悲しみを呼ぶ事になる。
「呼び出されたの。いつもなら、そんなことほとんどなかった。勝手に来て好き勝手に話をしていくか、こちらが何かを要求する時くらいにしか話なんてして来なかった」
「そしたら、突然?」
「用済み、だってさ」
言葉通りの意味、だろう。
何らかの目的で、ショルシエはピリアを仲間に引き入れた。
彼女はごく一般的な妖精だ。ショルシエが自らの意思で分離した分身体とは違う。
彼女個人の能力は見た目から想像する年齢からすれば非凡なものではあるだろう。
それでも分身体の能力には及ばない。せいぜい最も能力の低い、一本尾のエナと短い時間ならやり合えるかどうか。
一般人よりは強い。が、卓越した兵士よりは下。
ピリア、並びに彼女が名乗っていたもう一つの名と姿であるファルベガはせいぜいそのくらいの戦闘能力だ。
正直に言えば、戦力として役にたつかは微妙だ。
そもそも分身体自体、私達がしっかり対応すれば勝つことは十分に可能。
ショルシエらしい生き汚なさ、敢えて評価するなら退き際の判断の速さはしっかりしているからこそ、倒し切れていないだけ。
分身体相手に私達は今のところ負けたことが無い。
そうなると必然的に分身体以下の能力のファルベガを戦力として除外するのは道理には適っているんだろうけど……。
「何のことだか理解する前に、攻撃されて。最初は抵抗したんだけど全然ダメで」
「うん」
「殺される、って思って逃げた。けど、追いかけ回されて」
「うん」
「魔法が当たるたびに痛くて、怖くて」
「うん」
一言一言、口から出て来るたびに、ピリアの瞳から涙が溢れて来る。
命を狙われると言うのはそれだけ恐怖だ。しかも、執拗にかつ嬲るように攻撃されるのはそれはそれは恐ろしかったことだろう。
昴はそれを小さく頷き、聞く事に徹していた。
拳を震えるほどに力強く握りしめながら、彼女はピリアの言葉が吐き出し切られるまで、冷静でいようと努めているのだ。
腹の中はマグマのように煮えくり返っているに違いない。
さっき、冗談でも言った事に対して私に明確な敵意を向けたくらいの子だからね。
「必死に逃げて、逃げて。だけど痛くて、足がもう回らなくて」
「うん」
「もうダメだって思った時にスクィーが、私を庇って……」
ぎゅっと身体を丸めて、震えるピリア。思い出したことで、感情がぐちゃぐちゃになって来ている。
そろそろ限界だ。これ以上は彼女が精神的におかしくなってしまう。
そうなるのは避けなければならない。彼女は私達にとっても貴重な情報源だからね。
こんな時になっても打算で動く自分に嫌気が差しながら、ピリアが錯乱状態などにならないように細心の注意を払う。
「ごめん、ごめんスバル。私が私が間違ってた。ショルシエが、私の願いなんて叶えるわけがないなんてこと、何となくわかってたのに、私、私……!!」
「――っ」
思わず、だろうね。昴がピリアをギュッと抱き締めて、2人は揃ってわんわんと大声を上げて泣いていた。




