最終準備
「……っ?! いっっ?!?!」
一瞬、ここが何処なのかを理解するのに時間が掛かったのか、不思議そうな顔をした後に驚いて跳ね起きて、今度は身体中の怪我のせいで激痛に襲われたのか、声にならない声を上げているピリア。
それに大慌てで駆け寄って行く昴の後ろをゆっくりとついて行く。
「ピリア、大丈夫?!」
「す、スバル……? なんで?」
「貴女、全身傷だらけでサンティエの入り口までやって来たのよ。覚えてない?」
ピリアを心配する昴だけど、当の本人はなんで昴が目の前にいるのか理解出来ていないようだ。
記憶が混濁しているのだろう。門のところで私から治療を受けたこともこの分だと覚えていなさそうだ。
ま、よくある話だ。その辺に目くじらを立てることはない。
「ミルディースの……」
「真白よ。ここはミルディース王国の王都、サンティエ。貴女、自分の足でここまで来たのよ? 覚えてない?」
「……」
私のことにも気が付き、自分が旧ミルディース王国の王都にまで来ていることに納得したようだ。
だけどどうやってここまでやって来たのかまでは本人にもよくわかっていない様子。
それほど、死に物狂いで逃げて来たのだろう。私はこれを演技だとは思わない。
少なくとも、本人に起きたことは本当だと思う。でなければこんな大怪我を負う必要はない。もっと安全な方法でこちらに潜り込もうとしてくるはずだ。
罠かどうかはさておきとして、ピリア本人が私達を騙しているような様子は無い。
仮に何も知らないピリアを使って、こちらの情報を手に入れようとしているのならまた話は変わってくるけど、今更私達の情報を奪ったとしてどうするのかは疑問だ。
勿論、情報を得ること自体は強みが出るし、相手が何をしようとしているのかを知れるのは大きな利点ではあるけど、今更?
やるならもっと序盤の内からやっていないと意味が薄い。自分から最終決戦を催促しておいて、こっちの情報を見え見えの手段で手に入れようとするだろうか。
それに、妖精界は情報の伝達スピードが遅い。魔法はそういうのに向いて無いからね。連絡のやり取りはもっぱら科学の方が得意な分野。
今、このタイミングで情報を得たところで、その情報が届いた頃にはこっちはもう次の次の段階に進んでいたりするし、そもそもその方法もわからない。
結論として、警戒するに越したことはないがピリアに警戒するというよりは、彼女は保護した方が良さそうという判断だ。
「……とりあえず、ありがとうございます」
「落ち着いた?」
ピリアも助けてもらったということはとりあえずは把握したようだ。私の知る印象とは全く違う、大人しく礼儀正しい対応で頭をぺこりと下げている。
まるで憑き物が落ちたかのような様子だ。私の知る彼女は癇癪持ちの子供という印象だけど、今の彼女には聡明さすら感じる。
理知的で冷静で、礼儀正しい少女。それが今、目の前にいるピリアだ。
「ピリア、何があったの? 教えて」
「……っ」
昴はピリアのことを友達と呼んでいた。その友達が敵だったと知って、先の戦いでは強い精神的ショックを受けていたのは記憶に新しい。
しかし昴はすぐに立ち直り、ピリアと同じく友人のサフィーリアを連れ戻すために、そのための力を付けるために朱莉に頼み込んで無茶苦茶な修行を付けてもらっている。
それが昴の今だ。
その最中に、まさに連れ戻そうとしていた友人の1人が傷だらけで現れたというのだから、驚きだろう。
昴の凄いところはそんなことがあったというのに、目の前に再び現れた友人に本気で、怒りや悲しみをぶつけてしまうのではなく、今までのことは全部放り捨てて心配することだ。
疑いとか、今までの怒りとかそういう負の感情なんて一つも見せない。
この子は本当にただただ怪我をした友人を心配している。
世界を探して同じことができる人が、果たして何人いるだろうか。
これは昴の稀有な才能だろう。
「ピリア……。大丈夫だよ。私は絶対にピリアの味方だから。ここに来たからってピリアの事を酷いことはしないよ。私がさせない」
ピリアが口を開かないのは、ここが彼女にとって敵地であるのが理由の一つではあるだろう。
彼女にとって、ここは敵しかいない場所。そこで弱みを見せられないのは、そりゃそうだ。
「私が相手でも?」
「真白さんは怪我人にそんなことしません。でも本当にそうするなら、私は本気でやりますよ」
そう言う昴の言葉に、少し背筋がゾクっとする。
虎の尾だったか。昴にとって友人に対して敵意を見せた相手が自分が戦う敵のようだ。
そこに陣営や理屈はないんでしょうね。
一種の狂気すら感じるわ。強い人には大体そう言う側面があるものだけどね。
「ピリア、教えて。何があったの」
「でも……」
「教えてよ。誰がピリアにそんな酷いことしたの? スクィー君は?」
スクィーという名に、ピリアの顔色が変わり周囲を見回す。
その様子に私は手早く準備をした。安心して、キチンと保管してあるから。
「スクィーというのは、この子のことね?」
「……!!?!」
私が運んで来たスクィー君と言うらしい小動物を見せると昴は驚きを隠さずに息を呑んでいた。