最終準備
部屋のドアじゃなくて窓に足をかけ、ブローディア城の外に飛び出す。ただでさえ崖の上に建っているブローディア城から地面までの高さは100m近いと思うのだけど、こんなことでビビることは無い。
障壁でグライダーを作ってそのまま風に乗る。恐らく騒ぎになっているハズ。
王都サンティエの外周を覆う外壁へ目を凝らすと1か所、やたらと人が集まっている門があった。
すぐにそっちへと舵を切り、急降下していく。
「退いて!!」
「姫様だ!! 皆退け退け!! 姫様が診てくださる!!」
3mくらいの高さになった時点で飛び降りて、着地。人だかりを掻き分けて中心まで行くとそこには全身を酷い傷で覆われたファルベガ。……確か本名はピリアだったか。
薄いピンクの髪色が特徴的な彼女が確かに横たわっていた。
妖精だから血こそは出ていないものの、傷口からは絶えず魔力が漏れ出ている。妖精にとって魔力は血と同じだ。
身体から漏れ出る魔力が多過ぎると命を落とす。今すぐに傷口を防がないと危険だ。
「しっかりしなさい!! 意識はあるわね!!」
「あ、うぅ……」
意識レベルを確認すると、辛うじて声かけには反応がある。だがぎりぎりだ。次の一瞬に完全に意識を失い、呼吸が止まる可能性はある。
すぐに治癒魔法を発動。外傷の状態、元々持っている魔力量の推測と減ってしまった魔力量の把握。
漏れ出ている魔力を抑制しながら、私の魔力を分け与える輸血のようなことも並行で行い、応急処置を行っていく。
「ファルベガ!! しっかりしなさい!! 」
「ごめん、なさい……」
もう一度意識を確認すると、今度はもう少しハッキリとした返事が返ってくる。
視線も動いている。が、状況は上手く飲み込めていない様子だ。
おそらく、倒れ込む前後の記憶が混濁していたせいで、記憶が途切れ途切れになっているのだろう。
落ち着いて整理出来ればそのへんはすぐ治る。
ただし気になるのは彼女が謝罪の言葉を口にしたことだった。
私の知るピリア。どちらかと言えば私からすればファルベガかな。
彼女はもっと子供っぽい癇癪持ちの少女だったはずだ。
謝るような子では私には思えない。さらに言えば体格なんかもまるで違う。
身体的特徴まで変化して、元の姿がわからなくなるのはまるで魔法少女の変身前と変身後の姿を見比べているかのような感覚だ。
「落ち着いて。何があったの」
「ごめんな、さい。私、私……」
そう言いながら、彼女が震える手で差し出して来た布の塊。
何かを包んでいるように見えたそれを片手で治癒魔法を維持しながら開けていくと……。
「……っ?!」
そこにあったのは、小さな動物の姿があった。ネズミのような手のひらサイズの小動物が丁寧に包まれていた。
しかし、呼吸の様子はない。ピクリとも動く様子は無く、優しく触ると体温も無い。
「……私には、どうすることも出来ないわ」
既に亡くなってからかなりの時間が経過している。
治療とか、そういうことを施しようもなく。どうやって埋葬するかという段階にまで来てしまっている。
『繋がりの力』を使ったとしても、無理だろう。魂を身体に戻しても、身体の方がもうダメだ。
魂魄と言うように、魂と肉体はセットだ。魂魄の魄とは身体そのものや身体を動かすエネルギーのことを指す。
言わば、この小動物の子は魄を失ってしまっている。
身体の方に生きる力が残っていない。
出来ることと言えば、治癒魔法の応用で汚れた毛並みを綺麗にして、致命傷であろう身体の半分にも達するかという大きな傷を目立たなくしてあげることくらいだ。
「――ああ、うぅ……」
「……」
「うぅぅぅぅ」
私の口から告げた現実。それが、彼女にとっては一縷の望みだったのだろう。
少しだけ、私の言葉を理解するのに時間をかけた後、ファルベガは唸るようにしながら泣きじゃくる。
泣くまいと、せめて強く、我慢をしようとしてもどうしても漏れ出てくる涙を堪えようとしている様子は例え敵のそれだとしても、クるものがある。
「ごめんね、ごめんねスクィー。ごめんねスバル。私、私……」
「後で、ゆっくりお話をしましょう。大丈夫だから、少し眠っていなさい」
押し寄せてくる後悔と懺悔の気持ち。自分の無力さと愚かな選択をした自身への軽蔑。
きっと今のファルベガにはそんなものが次から次へと襲い掛かっているのだろう。
その気持ちは、痛いほど知っている。それに飲み込まれてしまった時の辛さとどうしようもなさもね。
だから、私はファルベガを落ち着かせるために治癒魔法の一種で眠らせる。
麻酔のようなモノだ。最近、ようやく開発に成功した魔法がこんな形で役にたつなんてね。
「担架で王城へ。それと竜の里に伝達を。スバルという女の子に大至急で来るようにって」
「はっ!!」
近くで控えていたレジスタンス所属の兵士にそう伝え、治癒魔法での応急処置を継続しながら担架に乗せて移動を始める。
何かが起きたことだけはわかった。嫌な知らせじゃないといいんだけど。