大海の獣
誰にもしていない話をなんでテレネッツァが知ってんだよ。そうなったのは小3とかそんくらいの頃の話だぞ。
なんでここ3年の付き合いのヤツが知ってるのおかしいだろ。
「貴女のお母さんと色々話をしたからね」
「いや、どうやってだよ。お袋は花園に来たことねぇぞ?!」
「あなたがお風呂入ってる時にメモリーの状態で筆談してるのよ」
「色々どうなってんだよ!?」
頭を抱えるだろ。なんで人がいない間にそっちで勝手に意思疎通してるんだよ。てかなんでメモリーの状態のまま筆談してんだよ。
しかも筆談出来るってことは日本語覚えてるしよ。何なんだよマジでお前さぁ。
「戦いの場であなたを預かってるんだもの。親御さんに挨拶のひとつはしないとダメでしょう?」
「いつからお前はウチの保護者になったんだよ……」
色々言いたい事があり過ぎて思わず天を仰ぐ。言いたい放題やりたい放題してくれやがって本当に。
なんかだんだんイライラして来たぞ。一発くらい本気でぶん殴ったってバチ当たらねぇだろ。
「そうそう、良い顔して来た。良い子ちゃんのあなたも偉いし凄いけど、あなたの本当の凄みはそこじゃない。剥き出しのあなたの感性をみせてちょうだい」
若干イライラしたところでそれに気が付いたテレネッツァは嬉しそうに顔を歪める。そこにあるのは戦いを楽しむヤツの表情だ。
あー、わかったよ。わかった。やりゃ良いんだろやりゃよ。
ガシガシと頭を掻いてテレネッツァがずっと要求し続けてることを嫌々のみ込むことにする。
気付かないフリして無視を決め込んでたが、相手はやる気満々だ。
こっちが乗るまで無遠慮に要求を突きつけ続ける。
渋ってる間はずっと一方的な力の差を見せ続けてればそのうち勝手に折れるか、くたばるかの二択。
テレネッツァとしてもウチが断固として首を縦に振らなかった結果、ウチがくたばるリスクはあるんだろうがウチだってくたばる訳にもいかない。
つまりこの我慢比べは最初からウチが必ず負けるように出来てる。
「どうなっても知らねぇぞ」
「あなたの魔法を抑え続けてたのは誰だと思ってるの? 『魔法具解放』だって3年前から出来るでしょ」
「……ったく、隠し事出来ねぇのも考えもんだな」
そこまで言って、テレネッツァから放たれる魔力の質が変わる。
『魔力解放』とは違う。魔力量は変わってねぇ。ただ、魔力の質とテレネッツァの姿が変わっただけ。
サフィーリアと同じ、人魚の姿になったテレネッツァ。
パッシオやカレジと同じ。妖精は本気で戦う時は人型から生来の妖精の姿。
動物に近い姿で戦う。
今思えば、これも妖精と獣が同じ存在だったってことのヒントになってたんだなと思い付くが、今は関係ねぇことだな。
さて。つまり、これがテレネッツァの本気だってことだ。
んで、こっちが隠してる手を出さなきゃ割とマジで殺すつもりで来てるってこと。
私が嫌いな、私の魔法と魔法具解放を使わないと流石にこっから先はどうにもならないってこと。
「私もこの姿はあんまり好きじゃないんだがら、そっちも早くしてよね。どうしたって、戦いたいって気持ちが疼いて仕方なくなっちゃうんだから」
「へいへい。お互いわざわざ自分が一番嫌いな自分で戦うってなんだよ」
「それが覚悟ってヤツよ」
「はっ、確かにそうかもな」
テレネッツァも獣に近いその姿をあまり好んではいないらしい。ウチもウチの『固有魔法』と『魔法具解放』が大嫌いだ。
こうして改めて似た者同士だっての理解する。あーあ、やだやだ。
結局のところ、全部曝け出して、隠したいもん全部吐き出して。自分が嫌いな自分を真正面から受け止めろって、そういうことだろ。
でもまぁ、やらなきゃ始まらねぇ。自分にも周りにもビビって遠慮して、誰もが穏便に過ごせて、優しくいられればそれでいいなんて都合の良い話なんてねぇんだよな。
だったら、真っ先に傷付くのはウチで良い。
「『固有魔法』」
静かに、大嫌いな魔法の名前を発動させる。前に発動したのはルビーとアメティアをクライスとか言うショルシエの実験台の合成魔獣から逃す時だったっけかな。
「『WILD OUT』」
飛びかける理性をなんとか繋ぎ止めながら、ウチはそんなことを思い出していた。




