大海の獣
ごちゃごちゃ考えてるから判断が遅れる。言うのは簡単だが、そんな単純な話じゃ当然ない。
人は考えるもんだ。脳みそあんだからな。何も考えずに行動出来るのは、本当にあと先何も考えてないアホか、経験則で思考を圧縮出来るほどのプロフェッショナル。
真白なんかがその代表例だろ。数えるのがバカらしくなるほどの障壁魔法を全て同時に操るあの技術は本人の類稀な魔法操作能力に大きく依存してるとはいえ、操作に対する思考を極限まで圧縮しているからに他ならない。
普通の魔法少女は2〜3の魔法を同時に扱うのが精々。中堅で5〜6。上位の魔法少女で10以上。
本当の上澄みが50とか100とかいう魔法を同時に操れる。
簡単な目安だから、必ず適応出来るわけじゃねぇけどな。朱莉なんかは同時に使える魔法は3個くらいだが、アイツは火力で全てカバーしてるしな。
「出来てたことをまた出来るようにするだけ。これほど簡単なことも無いと思うけど?」
「それが出来ねぇから苦労してんじゃねぇか」
3年前のウチは間違いなく思考よりも身体が先に動いていた。
技術的なもんは置いておいて、シンプルな反応速度は今の他の連中よりも上かも知れないくらいだ。
周りから勘が良いなんて言われてたっけな。
最近はその勘ってのが鈍い。テレネッツァは頭で考え過ぎてるって言いたいみたいだが、ウチ自身は前もこうしてごちゃごちゃと考えてた気がする。
「肩肘張りすぎなのよ。もっとシンプルに物を考えなさい。そのヒントはこの前の人間界で貰ったでしょう?」
「そうは言ってもこっちにも色々あんだよ」
目の前のモノに集中すりゃ、自然と余計なアレコレを考えずに済むって理屈も単純だが、単純だからこそ難しい気がしてならない。
諸星家の人間になって、世の中ってはどれもこれも複雑で色々な思惑な主義主張が絡み合って出来ているのを嫌でも見て来た。
それが良い悪いって話じゃなくて、世の中はそうやって出来てるもんだ。
シンプルな構造なんてきっと原始時代とか縄文時代くらいの話だ。
人が増えて、複雑な社会構成をするようになってから、人ってのは色んなものに雁字搦めになりながら、出来ることを探って生きて行くもんなんだと知った。
目の前のことだけに集中して、単純なことを考えるだけで許されるのはガキだけだろうよ。
「生憎、そろそろガキのままではいられねぇんだ」
「……そういうところが、まだまだお子様なんだけどね。良いわ、納得いくまでやりましょう。ひとつの事に集中しないといけないくらいまでこってり絞ってあげる」
笑いながら肩を竦めるテレネッツァ。こっちとしてもう1段階ギアを上げると言われて戦々恐々だ。
さっきも相当だぜ。あれ以上ってなると今のウチで対応し切れるかどうかわからない。
「『魔力解放』」
「……冗談だろ、おい」
『魔力解放』。高い魔力量を持った上で高い魔力操作能力を持つ実力者だけが行える妖精界での最高の戦闘技術。
特に魔力量の多い妖精が多く習得してる技術だが、話によれば他の種族でも高い魔力とそれを完璧に操作する能力を持っていれば可能らしい。
ウチら魔法少女から見れば、『魔法具解放』の基本理念になった技術だ。
『魔法具解放』の習得の難しさを考えれば、『魔力解放』の習得の難しさも同等だなんてことは簡単に分かる。
それっぽく言い換えれば、奥義みたいなもんだ。奥の手っても言える。
そうそう簡単に使う技でも無ければ、それを使えるヤツがそんだけ追い込まれることだってそうそうない。
パッシオやカレジも使ってるのを見た事があるが、アイツらが使うのもここ1番って時だけだった。
しかもアイツらのは人間界に長くいて、魔力量の制限された状態での使用。
万全で使ってるところなんて今じゃ見たこともない。
そんくらい、奥の手なんだよ。『魔力解放』ってのは。
「さぁ、なりふり構わず本気で来なさい!!」
花園を飲み込むほどの濁流を操りながら、テレネッツァは容赦なくその魔法を放ち始めた。




