花園へ
「それを悪く言うつもりは無いわ。私がちゃんと伝えなかったというのもあるし、あなたはあなたなりに有効に活用した結果。伝統だのなんだのを語る前にやれること全てをやり切ることこそが最も王として重要なことだと私は思うわ」
「慣例にとらわれて緊急時に判断を誤ったら一巻の終わり、だもんね」
政治の世界や社会に出るとよく見ることだ。今までの慣例や昔から残っているルールに囚われて、正しい判断が出来なかった結果、組織や集団そのものが自壊や壊滅的な被害を受けるというパターンだ。
勿論、慣例やルールがあるのは理由がある。それを守ることで争いごとを避けたり、原因不明の事故や事件をそれとなく防いだり。
ただし、それはその慣例やルールが正しく伝わり、正しく運用されていた場合のみだ。
人というのは自分達が想像している以上に頭が悪いと思っていた方が良い。これは知能が低いという意味ではなく、愚か者だという意味でだ。
先人が後々の事を憂いて決めたルールや慣例をその思惑通りに運用しなかったり、歪めて認知したり、酷いと自分に都合の良いようにルールそのものを改悪したり。
長くルールや慣例が運用されているとそういったことが往々にしてよくある。そして最もよくあるのが、今までルールや慣例があるからとそこで議論そのものを止めてしまい、更にはルール変更そのものを悪だと決めつけてしまうパターンだ。
こうなると厄介で、時代や環境の変化に合わせたルール変更を行おうとしても、そんなことはけしからんと理屈ではなく、今までこうだったからと思考停止状態で大騒ぎされてしまう。
本当に色んなところで見る光景だ。古くからあるルールや慣例が悪いとは言わないけど、時代に合わせたルール変更や緊急時にまでそれを担ぎ出して来るのはもはや妨害行為まである。
「王こそ、慣例に縛られず、常に価値観を更新しなきゃいけない。それが出来なくなった時が、引き際って感じかな」
「そういうことね。それが難しいんだけど」
そりゃそうだ。自分が作り上げた地位に人は執着する。それを簡単に手放すことが出来たら誰だって苦労はしないのだから。
「で? 例によって『繋がりの力』の別バージョンもその能力の詳細は知らないの?」
「まぁそうなるわ。これも悪い慣例、なのでしょうね。長い時間の中でどうして王家ごとに受け継いだ力が微妙に異なるのか、神器の能力をお互い知らないのか。それらの理由までは伝承されなかった」
「ここで変える必要がある、か」
「こうしてあなたと碧ちゃんが花園に来たようにね。他人に迷惑を極力かけない範囲で超法規的措置というのは必要なことなのかもしれないわ」
だからと言ってその超法規的措置っていうのを連発してたらルールの意味が無くなるからなあ。
使う側の腕の見せ所、なのだろう。一歩運用を間違えば、物理的に首が飛ぶ可能性すらあるリスクのある行為だが、そのリスクを覚悟で動かなければならない時は必ず来る。
今はまさにそのタイミングだと私は思う。
「とりあえず、『繋がりの力』と神器についての基礎中の基礎知識はこんなところかしらね。ズワルド帝国やスフィア公国の『繋がりの力』と神器についてはリアンシとスタンに聞きなさい。出し渋ったら私の名前を出していいわ」
「いいの、それ?」
「姉に逆らえる弟なんていないのよ」
なんて恐ろしいことを言うんだこの人は。よく聞く話だけどさ、横暴な姉に振り回される弟ってヤツ。
そう考えるとウチの姉弟のバランスはまぁまぁ良いんだなと思う。真広とか普通に口答えするし、墨亜辺りは普通に口喧嘩で負けるし。
まぁ私は負かしてパシらせますけど。あ、これが怖い姉か。
自分も恐ろしい姉側であることに気が付いてしまったが忘れておく。忘れておけば真広をパシらせるのに罪悪感はわかなくなるから仕方ないね?