花園へ
「妖精の王というのは文字通り妖精族の王のこと、何て言うのは説明しなくてもわかることだけど、妖精の王と普通の妖精達とでは他の種族と関係性が違うわ」
早速よくわからないことを言われる。妖精の王は妖精達の王のこと。当たり前のこの関係が、一般的な認識や関係性とは違うらしいけど、何をどうやったらそこが違くなるのかが全く想像がつかない。
「本来、妖精というのは『獣の王』の眷属。意思を持たず、獣性のみを内包した虚ろの獣。それが後々妖精と言う名前に変わっていっただけで、その本質は今でも変わらないわ」
「妖精は獣のままで、『獣の王』の眷属ってこと? それは確かにこの前の事件を見てよく分かったけど……」
引っ掛かるのは獣性のみを持った虚ろの獣、という言葉だ。自己意識を持たず、忠実なしもべという事なんだろうけど、そうだとするなら今を生きる妖精達とは随分違う存在に思える。
だって、今の妖精達には自己意識がある。自分達で考え、行動し、はっきりとした喜怒哀楽があり、他の種族と何ら変わらない心を持っている。とても虚ろの獣なんて呼ばれる存在とは思えない。
「こんな話は聞かなかった? 王を失った獣達を導いた存在がいるって」
「そういえば聞いたかも。でも、それが妖精の王っていうのは理解できるけど、心を持たない獣が妖精のことだって言われると、なんかイコールで全然繋がらないくなってくるんだけど?」
長い年月をかけて、獣達が感情を獲得したとか? それにしては獣達が後年、妖精と呼ばれるようになったのが早過ぎる気がする。
感情や心と言うのは生物学的に相当に複雑な仕組みやプロセスが必要だ。何も持たない虚ろの獣が感情を持つには時間が短すぎる。
例えるなら、猿が言葉を発するまでどのくらいかかるのかという小学生が思い浮かべるような疑問と同じようだと考えられる。
猿が進化し、人類として言葉と文字を交わすようになるまで、生命の進化が何億年もかかった。
妖精だからと言って、それを数千年程度で行えるわけがないだろう。
生き物である以上は同じ程度の時間を要するはずだ。
「『獣の王』の配下である獣と、他の動物達で大きな違いがあるのだけれど、それはわかるかしら?」
「うーん? まぁ、身体が魔力由来かタンパク質由来かくらいしか思い浮かばないけど……」
お母さんの言う違いとはおそらくそういうことじゃないだろう。
もっと根本的な違いだと思う。そもそも生きて行くのに必要な何か、そういうレベルの話。
「違いは心よ。『獣の王』が生み出した獣と世界から自然に生まれた動物達の最も大きな差は心を持っているかどうか」
「心?」
思っていたよりも抽象的な話だなぁとは思った。が、確かに言われてみると納得できる部分はある。
一定の体の大きさを持った動物は人に対して慣れたら懐いたりする。
知能の差はあれど、一定の脳の容量を持つ生き物はある程度は感情を持っていると言って良いだろう。
それが本能に基づくかどうかは考えなくて良い。だって、人間だって本能的に反射で攻撃することはままあるからだ。
例を挙げるなら、自分のナワバリに入った生き物に対して人間は攻撃的になる。
これは自分のナワバリを守るための本能的行為と言えるが、これは怒りの感情を伴い、感情的な行動と言えるだろう。
もちろん感情というものが曖昧であるから、心の有無というのも当然曖昧だ。
あえて私が心というモノを定義するのであれば、本能と高い知能が混ざり合い、高度な自己表現を行える能力のことを心、と呼ぶんだと思う。
「『獣の王』の配下には心が無いの。喜怒哀楽も痛みや苦しみも、空腹だってない。ただ王に命じられたことをその身が滅びるまで忠実に行う従順な獣。そんな悲しい存在に心を与える役割を持っているのが……」
「『妖精の王』ってこと?」
私の答えに、お母さんはゆっくりと頷いた。