花園へ
「この感じは慣れねぇな」
「私くらいしかここに連れて来れる人いないしね」
眠るように、ではなく瞬きひとつをした次の瞬間には私達はどこまでも続く花畑の真ん中に立っていた。
晴れ晴れするような青空の下に広がる無限にも感じる。もしかすると本当に無限に広がっている可能性すらあるこの花畑に来たのは数える程度。
私ですら精々五回くらいかしらね。最初に来てからメモリーに関するルールを決めるまでの数回。
花園と呼ぶここに来たのはそれくらいだ。
時間で考えれば丸っと3年来ていない。碧ちゃん達も今回みたいに一緒に来たけど、慣れるには回数も少なければ時間も空き過ぎている。
「いらっしゃい。ようやく来たわね」
待ち構えていたのは私の実母であり、元ミルディース王国女王のプリムラ。
そしてその臣下であり、パッシオの元婚約者でもあり、サファーリアさんの実の姉であるテレネッツァさんだ。
「碧は遅過ぎる。姫様と陛下の決断の早さと来たら素晴らしいものがあるというのに……」
「やめなさいテレネッツァ。それだけ悩み、苦しんだということです。彼女の決断を讃えることはあっても、非難することは私が許しません」
碧ちゃんが来たことで饒舌になっているテレネッツァさんはお母さんにぴしゃりと咎められ、バツの悪そうな顔をしつつも文句を言わずに佇まいを直す。
訓練された軍人といったところは変わらずだ。自分にも他人にも厳しくも優しいテレネッツァさんだからこその言葉ではあるけど、君主のお母さんに言われたら黙る以上のことは出来ない。
「2人とも、よく決断してくれました。最善かはともかく、おそらくこうしてここに来ることは最速で最適な選択と言えるでしょう」
「最良は私達だけでどうにかすることだったんだけどね」
「本来ならば、です。世界を巻き込む緊急事態に手をこまねいていては気を逃します。それは王として許されない失態です。肝に銘じておくように」
「はい」
今日のお母さんは母の側面よりも元女王としての意識が強く出ている様子だ。
いつものぽわぽわした雰囲気はどこへやら。威厳の風格に満ちた様子は確かにお母さんはミルディース王国の女王だったことを認識させる。
「『災厄の魔女』ショルシエが『獣の王』であることがわかった以上、妖精界は滅びの危機に瀕していると言っていいでしょう。同時に隣り合う人間界も同様です」
「妖精界を滅ぼしたら、次は人間界ってことか」
「あぁ。あれは世界を滅ぼし、破壊することが目的のまさに怪物。それが重い腰を上げようとしている以上、時間をかけて準備する時間はもう無くなったと言える」
テレネッツァさんの言葉には完全同意。だからこそ、こうして花園まで出向き、『獣の王』や古代の妖精界での『獣の王』との戦いに関する伝承。
そして何より、『獣の力』に対抗出来るだろう『繋がりの力』について詳しく聞くためにここに来たのだから。
「私は真白と『繋がりの力』や妖精界の王族について話をするわ。テレネッツァと碧ちゃんもしっかりお話をしなさい」
「お心遣い、感謝いたします」
「ありがとうございます」
頭を下げる2人、特に碧ちゃんを見て私は思わずおぉ〜と小さく感嘆の声を出してしまった。
あの、あの碧ちゃんがだ。口調は悪く、スカートなのに平気で椅子の上で胡座をかくあの碧ちゃんがお嬢様らしく、スカートの両端を小さくつまみ、カーテシーを披露したのだから。
カーテシーは欧州において、女性が目上の人に対して行う礼儀作法の一つだ。
流石に欧州でもそうそう見ることは無くなったが、格式高い式典などに出席することがあれば度々目にすることがある。
因みにこの格式とは各国の王族や首相、大統領がいるクラスのものである。
諸星家ともなれば、そのクラスの式典に呼ばれることはままあるので教養のひとつと言えるが、碧ちゃんもお嬢様なのだと改めて認識する。
「なんだよ」
「何でもないよ、ふふふふ」
「真白、揶揄わないの。碧ちゃん、しっかり姉妹喧嘩してらっしゃい」
「え、あ、はい」
お母さんに怒られて、はーいと返事をして私達は分かれた。