切り札
ぷつりと切れた墨亜との通話。それに私はふぅとため息を吐く。どうやら、墨亜の納得の行く答えを私は発することが出来たようだ。
良かった。ここで墨亜、『綺羅星の魔法少女 ノワール・エトワール』という貴重な戦力を失うわけには絶対に行かなかった。
もちろん、嘘偽りを伝えたつもりは無い。私は私の間違いのない本心を彼女に伝えた。
あの子は人の心の善悪に機敏なところがある。元々警戒心が強い性格で、狙撃手らしく観察能力が高い。
本人の我慢強さは気の強さとも言い換えられるし、正義感も強い。それはつまり、曲がったことや嘘が大嫌いということ。
似た性格に朱莉や千草がいるけど、あの2人はもしそうなった時は直接あるいはその場で苦情を言うし、意見の食い違いに対しては喧嘩上等。
多少の荒事は普通に発生するのに対して、墨亜は比較的穏健というか、意見の相違があった場合は静かに距離を取るタイプだ。
喧嘩っ早い性格じゃないし、荒事そのものを嫌煙するからね。衝突して争いが発生するくらいなら、そもそも物理的に距離を取って争いを避けるわけだ。
喧嘩っ早いタイプは喧嘩に勝った方の意見に従うというやり方なのに対して、墨亜のようなタイプの性格はそもそも自分の意見を変えるつもりが無い。
意見や主張が合致していることが重要で、力の上下関係などでの主と従という関係よりは常に対等な意見主張をしあえる環境を望む。
つまり、今回の墨亜の疑問に対して私が彼女の納得できる主義主張を出来なかった場合、墨亜は如何なる事情があっても私達の戦いには参加してくれなくなってしまう。
それは絶対に避けなければならない。墨亜の狙撃能力を失なうことはイコールでショルシエ達に対する決定打の欠如に繋がる。
「お疲れ様です。墨亜様はご納得なされたご様子で」
「なんとかね。結構頑固だから、言葉選び一つ間違えただけでヘソを曲げることは全然あるし」
あの頑固な性格は誰に似たんだか。でもまぁ、上手くいったのなら結果オーライ。自分で協力すると口にしたし、そこから曲げることもしないだろう。
懸念していたことのひとつが解消されてひと安心というヤツだ。墨亜の狙撃能力と未来視はそれくらい超貴重な戦力だ。
何より、妹に嫌われるのは姉として色々と問題があるし、普通に凹む。家族仲、姉妹仲が良いに越したことはないしね。
ここまで仲良くやって来たのに、今後の仲が拗れるとかも普通に嫌。
上手くいって良かったわ。私、こういう人の説得にあまり自信がないところあるし。
「真白様は割とストレートな評価を他人にしますからね。人によっては嫌がるのは仕方のないことです」
「相性とか、その時の本人の精神状態とか、色々あるのは分かってるけど、だからと言って人に嫌われるのが良いとは思わないわ」
「それは誰だってそうですよ。そのための言葉ですから」
美弥子さんが淹れてくれたハーブティーを口にしつつ、もう一回ため息を吐く。そのくらい疲れた。久々にここまで気を張った気がするわ。
「それにしても『切り札』、ですか」
「あの狙撃能力に未来視って特殊能力を持っているんだから間違いなく『切り札』よ」
それだけの能力があって、『切り札』と言い表さずに何があるのか。本人の士気を上げる意図もあるけど、これも本心からの評価だ。
必ず、墨亜の能力は必要になる。ここぞという時に絶対にだ。まさしく、『切り札』。
「その『切り札』、一体いくつご用意するおつもりで?」
「さて、なんのことだか」
面白そうに笑う美弥子さんに私は努めて素知らぬ顔をする。これは紫ちゃんと私との間でしか話すつもりの無いことだ。
美弥子さんを信用していないってわけじゃない。ここからは本気で策を練るし、最終決戦の作戦が何処からショルシエに漏れるかわからない。
そうなったら全てがぱぁだ。そうならないための知らん顔ってわけ。
「私は、貴女さま以上の『切り札』は存在しないと思いますけど」
『切り札』は私自身、って? 流石にそこまで自惚れるつもりは無いけど……。
「『切り札』は常に手の内に、ってね」
「そういうところ、お義母様に似て来ましたね」
そう言われたら少し嬉しいわね。あの光お義母様に似てるなんて言われたら、ってね。