巌のようにあつく、石のようにかたく
ショックで飯も喉を通らない、なんてことをやっている暇はない。というのは頭ではわかっているものの、実際に喉を通らないのだからどうしようもない。
ノーヒリスの祖母さんに連れられて公国の王城であり管制塔でもある樹王種。その中にあてがわれた自室で取る夕食を何口か食べてスプーンを置いてしまう。
食わなきゃいけないのはわかっている。俺は男だし魔法少女じゃない。体内に魔力を貯蔵出来ない男の俺は妖精界の濃密な魔力を自身のエネルギーとして代謝することが出来ない。
妖精界に来て以来、食事そのものの重要性が減っている魔法少女達と比較して、俺は食事と言うのをきっちりとらなければいけない。
「……自分がこうも弱いとはな」
だと言うのに食事はてんで喉を通らない。別に不味いわけでもなく、食事と言う習慣の無い妖精界で食べられる食事にしてはだいぶマトモな方だ。
物凄く美味い訳では無いが、不味くて食えないってほどじゃない。まぁ、人間界で出て来るごく一般的な家庭料理レベル、だと思う。
実際のところ、一般的な家庭料理というのに馴染みが無いからわからないんだが。
何にせよ。飯が美味いことが前提の人間界育ちからしても何の変哲もない飯が、まるでガムを噛み、味気ない水を啜っているかのようにしか思えず、咀嚼して飲み込むことすら億劫だと感じているのだから、相当参っているのだと自分でもわかる。
自分がこんなに精神的に脆く、未熟であるという事も思い知らされている。
正直、俺は自分の事を感情の無いロボットみたいなものだと思っていた。身近な者が死んでも、きっと自分は何にも感じないのだろうなと、そう思っていた。
だが蓋を開けてみればこうだ。
魔法少女も含めた誰よりも俺はガンテツの爺さんが死んだことにショックを受け、現実を受け入れられずにいた。
情けないもんだ。もしもガンテツの爺さんがこの場にいたのなら後頭部を殴り飛ばされていたに違いない。
こんなことでめそめそしてるんじゃない、ってな。
そうは思っても中々割り切ることも出来ていない。割り切れたらこんなことになってないしな。
「はぁ……」
今は大事な時期だ。ここから大きく事態は動くだろう。場合よってはこれがラストチャンスの可能性すらある。
今回の妖精の暴走事件はいわばショルシエからの脅しだ。
ショルシエ本人は事態を大きく動かすつもりがないのは周知の事実だ。
世界という劇場と俺たちという役者を使ったノンフィクションの物語。
ショルシエはその演出家を気取り、高みの見物を決め込んでいる。
俺たちはショルシエが用意した分身体という役者に実力的に優位に立てることを確信し、ショルシエ自身は動く気は無いという前提の下で準備を進めて来た。
かなり入念と言っていい。準備に準備を重ね、これでもかと時間と人と金を投入していった。
ショルシエを確実に仕留めるために、な。
それだけガチガチに準備を重ね、実力的にも戦略的にも優位性を確保すれば、分身体は迂闊に手出しが出来なくなる。
意図的に作り上げた拮抗状態を維持することで、時間を稼ぎ、準備時間を可能な限り確保する。
それが俺たちの戦略だった。
だが、演出家気取りのショルシエはこれを許さない、という警告のつもりなんだろう。
間延びした冗長的な物語ほど退屈なモノは無い。ようするにあまりにも互いにアクションが無さ過ぎてショルシエが飽きたってことだ。
こちらは一方的に干渉出来るんだぞ。これはそういう類の脅しだ。
アレだけの混乱の後にショルシエや帝国側からの追撃が薄いことがその証拠だろう。
つまり、ここでまたのんびりと準備に入るとショルシエが妖精達を再び暴走させる。
次は暴走を止めることは無いだろう。俺たちは混乱の中で同士討ちが始まり、そこへ帝国の兵隊やショルシエの分身達が雪崩れ込んでくる。
そうなったらもう収拾はつかない。そうなる前に動かなければならないというのに、俺はこんなところで燻っていることが情けない。
ガンテツの爺さんに顔向け出来ない。そんな気持ちと、どうにも沈んだまま浮き上がって来ない気分との狭間に飲み込まれてどうにかなってしまいそうだった。




