巌のようにあつく、石のようにかたく
ただ、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「……」
見上げた巨大な岩の塊。もう二度と俺に何を語りかけてくれることも無くなった生身の墓標の前で俺はそうすることしか出来なかった。
この岩の塊は岩石族の精霊、ガンテツ。人間界にショルシエの息の掛かった帝国軍人が襲い掛かって来たその時から世話になっていた元王国軍人であり、レジスタンスの重鎮。
岩石族の精霊っていうのは無機物の岩石に意思が宿った存在の事だ。他にも空気に意思を宿せば風の精霊、稲妻に宿れば雷の精霊となる。
種の成り立ちが妖精と似ている手前、精霊と妖精をまとめて妖精と呼ぶ地域もあり、混同されやすいんだと本人がぼやいていたのを今でも思い出す。
「……」
妖精も精霊も死ねば骨も残らない。だが、幸いなことにガンテツの爺さんは岩石に宿る精霊。
そのおかげで死んでなお、その巨大な身体は自らの墓標として鎮座していた。
「マヒロ、そろそろ戻りなさい。身体を壊しますよ」
「……あぁ、わかった」
祖母のノーヒリスに呼ばれて、俺は重い足をなんとか動かして帰路に着く。もう何日もこんな調子だ。
初めだこんなこと。やらねばならないことを放り出して、ただ死んでしまった人の墓標の前に立ち尽くす。
そんな日々をここ数日ずっと送っていた。
こんなことをしている場合じゃないことは重々承知している。だが、自分でもよく分からないがとにかくやる気と言うモノが完全に失せていた。
あの日。ショルシエの手によって暴走させられた妖精達を止めるために公国の首都『レーヴェン』で妖精の拘束と被害の抑制、救助を行っていた。
ガンテツの爺さんも同じだ。大きく頑丈な岩石の身体を持つ爺さんはこういう時に嫌でも重宝される。
現場で俺と分かれた後、恐らくは暴走する妖精達から民衆を守るためにその身体を存分に活用したに違いない。
ただし、寄る年波には勝てなかった、ってヤツなんだろう。
無機物に宿る精霊にも寿命はある。それは宿るモノそのものの寿命だ。岩石に宿る精霊のガンテツの爺さんはその身体が風化し、崩れ落ちるまでが寿命だ。
当然、その辺の生き物よりは遥かに長生きはする。長生きはするが、やはり年を喰ってからの無茶はどんな生命でも命を削る行為だった。
ガンテツの爺さんの身体は、暴走する何人もの妖精達の攻撃に耐えられなかった。軍人だった爺さんの身体は他の岩石族の精霊より遥かに劣化が進んでいたらしい。
巨岩を木から滴る水が徐々に削るように、長い間戦いに身を置いていたガンテツの爺さんの身体は民衆を守る中で限界を迎え、砕け、力尽きた。
死してなお、その岩石の巨躯が民衆を守るバリケードとなっていたのはまさに爺さんの生きざまを語る様なモノで。
事態が鎮静化し、俺がその場に戻った時にはその亡骸に守られた多くの民衆からの感謝と涙の言葉をかけられているところだった。
「……貴方が気に病むことではないのですよ。ガンテツは、見事に死の間際まで職務を全うしました。貴方のせいではなのです」
「わかってる。わかってるさ」
「貴方に託したメモリーがその証拠です。限界が近いことは本人がよく分かっていたのでしょうね」
ガンテツの爺さんは用意周到に最後に自分の魂をメモリーに収めた。おそらく紫経由で入手したんだろう。
空のメモリーなんてもうほぼ残っていなかったハズだ。あれは新造しないことが決まっているからな。
【ノーブル】からの押収品の中に数本あったかどうかのレベルのハズ。そんなものを入手する手段は『魔法技術研究所』に普段から出入りしている紫くらいなモノだ。
ノーヒリスの祖母さんが言うように、きっとガンテツの爺さんは自分の死期ってのが近いことを察していたに違いない。
だからこそ、それを全く察していなかった自分が不甲斐ないように思えてならない。
こんなものを残されたって、俺はちっとも嬉しくなんてないんだよ。爺さん。




